学ぶ

日本人初の女性宇宙飛行士 向井千秋さん、“福澤イズム”を語る

今、この時代を切り開く生き方と言葉「福澤諭吉のすすめ」 第2回(全7回) 明治維新の大転換期。当時は、アジアの国々は西洋列強に蚕食され、日本も植民地化されかねない、未曽有の国難の時代でもありました。そして今──私たちは100年に一度といわれる変化の渦中にあります。この難局に私たちはどう立ち向かうべきなのか、その答えを変革期の偉人・福澤諭吉の言葉と生き方に求めていきます。前回の記事はこちら>>

【特別インタビュー】
福澤諭吉の理念を受け継いだ日本人初の女性宇宙飛行士

向井千秋さん、福澤イズムを語る

福澤諭吉が江戸幕府の軍艦、咸臨丸(かんりんまる)で初めてアメリカへ渡った134年後、日本人女性として初めて宇宙へ行った向井千秋さん。好奇心を原動力に未知の世界を切り開いた大先輩への思いを語ります。
向井千秋さん
向井さんが特任副学長を務める東京理科大学の野田キャンパスにあるモジュール内で撮影。「気密性の高い空間を作り出せるモジュールの技術は、コロナ禍の今、簡易的な検査室などを作るのに役立っています」。
向井千秋(むかい・ちあき)さん
慶應義塾大学医学部卒業。医学博士。日本人初の女性宇宙飛行士として1994年と98年の2度、宇宙へ。JAXA宇宙医学研究センター長等を経て、2015年より東京理科大学特任副学長。

好奇心の赴くまま新天地を目指して

宇宙へ行ったことについて、「勇気がある」と言われますが、自分としては「新天地には何があるんだろう」という好奇心の赴くままに行動したまでで、不安や恐怖はありませんでした。

医者として病院に勤めていた頃、たくさんのかたの死に接したことも影響しています。人間の命は有限で、必ずいつかは死ぬわけですから、自分が納得のいく人生を送りたい。やりたいことがあって、やれる状況に恵まれているのなら、是が非でもやるべきだという思いが常にあります。
向井さんら乗組員
1998年10月29日、2度目の宇宙飛行を前に笑顔で手を振る向井さんら乗組員。写真/ロイター/アフロ
福澤諭吉先生が咸臨丸で初めてアメリカへ渡ったときも、周囲が思うほど心配していなかっただろうと思います。好奇心旺盛だった先生が、念願叶って海外へ行けることになったとき、心配や恐れよりも、喜びや期待のほうが断然勝っていたと思うのです。
スペースコロニーデモンストレーションモジュール
東京理科大学、JAXA、清水建設が共同開発して2019年に完成した「スペースコロニーデモンストレーションモジュール」。宇宙で暮らすために必要な技術の実験などが行われている。

「『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』。命あるものはみんな同じという目線を貫いた人」── 向井千秋さん

福澤先生について考えるとき、まず思い浮かぶのは「自由、平等、博愛」と「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という素晴らしい理念です。そういう世の中にするためには教育が最も大事であると考えて、私の母校でもある慶應義塾を創立されたことも、本当にすごいことだと思います。
慶應義塾女子高校時代のスナップ
「規格外の魅力を持つ先生や生徒が多かった」という慶應義塾女子高校時代のスナップ。
先生は、日本人も外国人も、男性も女性も、大人も子どもも、動物まで含めて、「命あるものはみんな同じ」という目線を持っていたのだと思います。だから、「上から目線」にならないし、おべっかを使うこともない。初めてアメリカへ行ったときも、日本人だからと卑下することもなければ、威張りちらすこともありませんでした。

また、福澤先生は西洋文明を日本にもたらしたかたですが、決して西洋一辺倒ではなく、何事も、一度取り入れてみて良し悪しを見極めていました。

Ranking今週の人気記事 ベスト5

家庭画報 最新号

6月号 4月30日発売

魅惑の「豪邸」拝見

一部地域は輸送の関係で発売が遅れる可能性があります。

© SEKAI BUNKA PUBLISHING INC. All rights reserved.

Loading