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作家 田中慎弥さんの小説との向き合い方、自選の3冊

小説を書くということ~作家が語る、書くこと、読むこと SNSやブログを通じて、誰もが書くことができるこの時代、小説を書くとはどういうことなのか。小説家はどんなことを考えながら、小説を書き、読んでいるのか。作家の方々に、それぞれの小説作法を尋ねます。前回の記事(田中慎弥さん前編)はこちら>>

第4回 田中慎弥さん
〔後編〕


原稿は今も手書き、1年365日、毎日必ず鉛筆を持って机に向かう。傍からはストイックと見えるのかもしれないが、ご自身にとって、それは特別なことではないのだろう。

デビュー後は締め切りを守るという社会的制約が大きいというものの、たとえ締め切りがなくても、田中さんは毎日必ず小説を書くに違いない。創作姿勢、言葉、目力。一つひとつがとても強く、その3つが相まって醸される田中さんの印象はとても強い。その強さは、そのまま田中さんの書く小説の強さに結びついている。

浦田さんがすごい目で睨む。ああ、この顔。浦田さんが一番元気な時の顔。

「ずっとそのままでいてね。バイバイ。」

さて、マスコミ陣にもサービスしなきゃ、とカメラの群に向き直って、

「いやはや皆さん、この小動物一匹をこれまで散々かまってくれて、感謝申し上げる。このポール、今日を限りに皆さんの前から姿を消すことにする。なんでかって? どうしても聞きたい? ほんとのこと言っていいんだな? これ以上人間世界にいると、あんた方をひどい目に遭わせることになるからだ。つまり、」

嘘も方便、

「この僕ちゃんめが正真正銘、真性の、紛うかたなきペスト持ちだからなんでありまーす。」

人間たち、動きを止めたあと、一歩二歩、一斉に下がったね。群がってた人影が廊下の左右の壁にへばりついた中を、この手の光景を描写してみせる時に人間界で最も使い古された例えを持ち出すなら、真っ二つになった紅海を前にしたモーゼさながら。

田中慎弥『地に這うものの記録』より

辿り着いてからここだったのかと気づく、小説の最後

――小説は、現実にないことを書くことができます。そして小説に書かれれば、それは“ある”ことになってしまう。小説の力はそういうところにあると思うのですが。

小説として存在すれば、そこにはたしかに何かがあるわけですが、それは読み手次第でもあります。読み手のなかに何かが残る、まさしく“ある”ことになれば、作家としては嬉しいですが、読者がただ通り過ぎてゆくような小説も、それはそれでありだと思います。

できれば覚えていてほしいけれど、読んで何も残らない=“ある”に対して読後感がないことも、それはひとつの読書体験なわけです。

理屈を言うようですが、何かが“ある”になるいっぽうで、読者の何かを奪い、穴が開いてしまうという作用も小説にはあるので、その両方ができればいいですけど。結果的に小説を通じて価値観を揺さぶることができればいいし、意図してそれができれば大変な才能だろうけれど、自分にはなかなかそんなことはできないですね。

――考えることと書くことが同時に行われているなかで、今回の長編はどこまで先を見ながら書いていたのでしょうか。

月刊誌の連載は1回25枚くらいで、長さや締め切りという枠のなかで何となくは考えているのでしょうけど、まずあるのは書かなきゃいけないということで、長編・短編を問わず、先のことはあまり考えていない気がします。

毎回、1回分乗り切る、それをどう乗り切るかは、書くに従ってでしょうか。今回はああいう終わり方にしましたけど、ラストも考えていないので、辿り着いたらここが最後だったという感じで。どこで終わらせるかは難しいです。

小説が書けているときは、何かを持って行かれている

――結果的に、最後はこうなったという。

なんて言うか、小説を書いているときって、階段を上っているのではなく、踏み外している感じなんですよ。

――踏み外す、ですか?

電車のなかに鞄を忘れてきたとか、お皿を落として割っちゃったとか。書けているときって、忘れる、壊れる、間に合わないとか、そういう感じなんです。言葉が外に出ていく、アウトプットしているということは減っているとも言えるわけで、だから持って行かれるとか、間違えているという感じがしています。

――書き手の制御を超えるという感じでしょうか。

主体性という言葉には、どこか胡散臭さがありますが、そう思っているのもまた自分なわけです。

主体性、自意識、主観の檻からは出られないものの、言葉はシステムなので、制御できないことを意識しているのか、間違えていることに気づいているのか、いないのか……。ただ感覚としては何かが持って行かれる、蹴躓く、不穏なことが起きているという感じです。

――ポールがパパのパパのパパ……というように、作品を読んでいると、田中さんの、縦のつながりへの、好き嫌いを超えた関心を感じるのですが。

どうなんでしょう。自分が生まれる前から動かしがたく存在している親とか国とか、自分を存在させたものに対して反発があるとして、それがどこから来ているのかわからないけれど、ここが自分の居場所とは思えないところで生きていくために、書かなきゃやってられないと、そういうことがあるのかもしれません。

書きたいことを書かないほうが、小説として成立する

――デビュー直後と現在で、小説との向き合い方、その感覚に変化はありますか。

最初に書いていたのは日記のようなもので、自分の文章が小説になればという感覚で書いていて、その後は一定の長さのものを書けるようになればと思っていました。書きたいテーマ、抜き差しならない何かがあるわけではない自分にとって、まずは長さなどの外枠が必要なんです。

デビュー後は仕事として書かなければいけないわけですが、描写に迷って考え続けることは、デビュー当時のほうが多かったですね。当時はそこにあるものを全部書かなければと思っていましたから。今も、もちろん粘るときは粘るけれど、いくら考えても出てこないのは、その描写はいらないということだろう、と。

書かなければ、というのも自分が勝手に思っていることで、これはいちばん書きたいと思うことは、書かないほうが小説として成立するのかもしれません。

まあ悠然と、書きたいことを、さあ書きますという感じではないし――そんな作家はいないと思いますけど――これでいいのかと思いながら書いていって、無理があるかもしれないけれど、途中で意識を切り替えて一気に飛ぶ、みたいなことは、考えてどうこうというよりは、肉体的な感覚でやっています。

――デビュー前は、今よりも読むことの比重が大きかったのではないでしょうか。

読む時間は減っていますよね。読みたい本はありますけど、必要に迫られて資料を読むこともあるので、そう自由には読めませんし。なるべく今やっている仕事と関係ない、自分の読みたい小説を読むようにしていますけど、なかなかそうもいかないです。

――当時、本を読むことは、現実逃避でもあったのでしょうか。

いや、本を読むことが現実でした。何もやっていないのだから、何かから逃げることも、焦ることもなくて。谷崎、川端、三島辺りから始まり、海外の文学を本格的に読むようになったのは20代になって、19世紀のものを読まないといけないらしいぞ、ということを知ってからです。

『夏物語』を読んで、また水をあけられたと思った

――同時代の作家の小説も読まれますか。

もちろん同業者は気になるので、あれこれ読みますが、ひとり名前を挙げるなら、川上未映子さんですね。路線はまるで違いますが、『夏物語』を読んで、これは追いつけないな、と。何から何まであの小説が素晴らしいとは思いませんが、これは追いつくのに一生かかるな、また水をあけられたなと思いました。

――東京に出てきたことは、書くことに何か影響を及ぼしていますか。

家賃を払う生活をしたことがなかったので、一度、毎月、支払いに追われて痛い思いをしたらどうなるのか、絶対に仕事をしなきゃいけない環境に自分を放り込んでみました。

実際、家賃、光熱費、税金といろいろなものが出て行くわけで、その分、書かなきゃと。母からすれば、ほら見たことかというところでしょうけれど。

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