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【新連載】人気作家が語る、この時代に「小説を書くということ」白石一文さん

父子の会話は小説の感想を言い合うことだった

――“言文一致主義者”である父上(作家 白石一郎氏)の教えが、自身の作家活動に役立ったという話をはじめ、父上の話はいろいろ興味深かったです。

僕が出版社をやめて小説家専業になったとき、父は闘病中だったので、あまり小説の話はできなかったんです。父がガンになるのがもう少し後で、もっと作家同士として話ができればよかったんですけどね。

たとえば僕たち親子は、小説の1章の長さについて、話し合うんです。短編の場合、父は1章8枚、僕は7.5枚、長編だと父は24枚、僕は22枚、とかね。傍からすれば、8枚と7.5枚には大した違いはないでしょうけれど、プロからすると全然違う。そういうことを話しているときが、いちばんおもしろかったです。思い返せば、父とは小さいときから小説の話しかしていませんでした。


――この作品を読んでいると、父も息子も小説のことだけ考えている、そういう親子であることが伝わってきます。

そうなんです。子どものときは、父の原稿用紙の升目をドットに見立てて色鉛筆で塗り潰して、絵を描いて遊んでいましたし、漫画もすべて、父に与えられていました。毎週『少年サンデー』と『少年マガジン』が僕と弟の机に置いてあって、1週間後に感想を言わないといけないんです。

僕が横山光輝がおもしろいと言うと、父はなぜかと聞いてくる。父は手塚治虫が好きだったので、横山光輝より手塚治虫の方がずっとおもしろいだろうと。こっちは横山光輝が好きなのに、だんだん洗脳されていきますよね。小学校に入ると、父の小説を読み始めて、中学生になる頃から、小説の感想を言うようになって、それが親子の語らいの時間でした。

――どんな感想を伝えていたのですか。

編集の人たちからも、“白石先生の書くサムライは刀を抜いたことがないですね”とよく言われていたようで、とにかく父の小説では人が死なないんです。残酷なことが嫌いで、“どうして斬り合いを書かないの?”と訊ねると、“お前、日本刀で斬られたりしたら本当に痛いぞ”と答えるような人でした。

そこで、“一回だけ、斬って斬って斬りまくる小説をパパも書こうよ”なんてけしかけたり。その結果できたのが、『示現流颯爽剣』という短編でした。今も父の短編集のどれかに入っていると思います。「一の太刀を疑わず、二の太刀要らず」という一撃必殺の剣法、薩摩示現流の凄腕の男が主人公で、父にしては珍しく斬りまくる小説でした。

父は人の原稿を読むことも好きで、家には新人の持ち込んだ預かり原稿がしばしばあったので、僕はそれも読んでいました。今でも覚えていますけど、まだデビュー前の髙樹のぶ子さんが書いた小説を父が絶賛して、“一文、おまえも読め”と言われて読んだら本当に素晴らしくて、この人は絶対に作家になれるとふたりで興奮しながら話したこともありましたね。

自分で書いてみて、「世の中にこんな楽しいことがあったんだ!」と

――白石さんの感想に対して、父上が“そんなことを言うなら、自分で書いてみろ”と言われたことが、小説を書くきっかけだったそうですね。

今回の作品にもその場面を書きましたが、大学の休みで実家に戻って、いつものように感想を言うと、虫の居所が悪かったのか、父に初めて怒られたんです。“そんなえらそうなこと言うなら、おまえも書いてみろ”と。たしかにその通りだと思って、東京に戻ってすぐに父に貰った万年筆を使って書き始めました。

――初めて小説を書いたときの感興を、作品でも書いています。

世の中にこんな楽しいことがあったんだ、って感じですよ。たとえば当時の学生がハマる遊びといえば、麻雀がまだいちばんという時代でしたけど、僕は手が覚えられないから上達しないし、おもしろくもなんともない。我ながら記憶力はずば抜けていると思うんですけど、数字が絡んだ途端、もうダメなんです。大学はマンモス校で人が多いし、バンカラ気質にも耐えられなくて、入学した途端から欝っぽくなってしまったんですが、書くことのおもしろさに目覚めてからは、ろくすっぽ学校にも行かずにずっと小説浸けの日々です。童貞なのに恋愛小説を書いているんだからやばいよね(笑)。


――出版社に入社後、非常に忙しいなかでも、小説を書き続けていたんですよね。

忙しいけれど、書かないと精神的に持たないというか、書いているほうが元気が出たので、寝る時間を削って小説を書いていました。週刊誌の編集部にいるときは、自分でも特集記事やグラビアの記事を書いたりするので、それは嬉しかったですね。こういうことも、いずれ小説の役に立つと思っていたし、ほかに能力がないので、会社で何か書けといわれたら、喜んで書こうと固く決意していました。自分の記憶力のよさも、会社員になって初めて生かすことができたと思います。

だいたい記者稼業をやると、取材を機に情報源と親しくなって、付き合いを重ねることでネタ元にしていくわけですけど、人見知りのひどい僕はそうやって人のネットワークをつくることができないんです。

だけど、特に親しかった一年後輩のS君という同僚がいて、何しろ彼が僕とは正反対で幅広いネットワークづくりが超得意だったんです。なので彼がオーガナイズした場に混ぜてもらって、僕と似たタイプの人を見つけて特別親しくなっていました。S君との分業が功を奏して仕事はとても上手くいっていたし、文春時代はすごく楽しかったですね。

今、文春社内は戦々恐々?!

――頭文字を使っていますけど、読む人が読めば、いろいろわかるところも、この小説のおもしろいところで……。

今、文春は大変みたいですよ。今日もかつての後輩から電話があって、“白石さん、あれは○○さんのことですか”なんて聞かれたし、出版前には別の後輩からLINEが来て、文春社内ではみんな戦々恐々としていて怖くて読めないと話してるとか……。書かれたら困る人のことは書いていないし、小説として書いているんだから、こちらとしては作品として評価してください、という感じなんですけど(笑)。

根も葉もないことは書いていないですし、ありのままを書いた人もいるにはいますが、ほとんどの登場人物はいくつかのエピソードを織り交ぜて造形しています。そんなふうにして、僕がこれまで見てきたことのほんの一部を書いたんです。

後編へ続く>>


白石一文(しらいし かずふみ)

1958年福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、文藝春秋勤務を経て、2000年に『一瞬の光』でデビュー。2009年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞を、2010年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。近作に『記憶の渚にて』『一億円のさようなら』『プラスチックの祈り』など、著書多数。最新刊は、北澤平祐さんとの共著の絵本『こはるとちはる』。公式Twitter @kaz_shiraishi


小説を書くことにだけ、存在意義を持ち続ける作家の気持ちが率直に反映された自伝的小説 『君がいないと小説は書けない』白石一文著(新潮社刊)

取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎(人物) 中島里小梨(静物)

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