インタビュー・レポート

そして、その先へ……。竹内まりやという生き方【特別インタビュー】

そして、その先へ…… 竹内まりやという生き方 音楽好きな両親のもと、6人兄妹の4番目として生まれ、本能的に歌が好きだった少女は、今や日本だけでなく世界から愛されるミュージシャンになりました。お母さまがつないでくださった『家庭画報』とのご縁や夫・山下達郎さんとの生活、65歳を迎えた今、その先の人生についてなど惜しみなく語っていただきました。

竹内まりやという生き方

そして、その先へ…… 竹内まりやという生き方
竹内まりや(たけうち・まりや)
1955年島根県生まれ。シンガー・ソングライター、作詞・作曲家。昭和・平成・令和3時代でアルバム売り上げ1位を獲得。女性では初。近年、80年代の曲「プラスティック・ラブ」が海外で自然発生的に人気となり、動画再生回数は4300万回にも上る。2021年全国6大都市アリーナツアーを予定。

『家庭画報』を読んでいたことが人生を決めた!?

「家庭画報は小さい頃から読んでいた雑誌なんです。いつの間にか自分がその読者層と同世代になって、特別取材を受けることになるとは」。愛おしそうに小誌を眺める竹内まりやさん。島根県・出雲大社正門前で老舗旅館を営んできたご実家のお母さまがお好きで、長年定期購読してくださっていたのだそうです。

「私がバリバリのキャリアウーマンを目指すのではなく、仕事もやりたいけれど家庭も大切にしたいという想いが強いのは、家庭画報を読んで育ってきた影響があると本気で思っているんです。専業主婦に憧れる気落ちが昔からあったんですよね」

1978年のデビューから42年が経った竹内さんですが、ミュージシャンの山下達郎さんと結婚した82年以降、アルバム発表は数年に一度、ライブはこの42年間でわずか3回。“シンガーソング専業(兼業)主婦”と山下さんに命名されるほど、表舞台にはあまり姿を現さないのに人気が全く衰えない、それどころか作品を出すたび、世界中にファンを増やしていく不思議な存在のアーティストです。

心がホッとするホームグラウンドがあって
仕事も頑張れるんです

「私は、心がホッとできる帰る場所、自分のホームグラウンドが安定的にあることで仕事も頑張れるタイプなんでしょうね。自己表現ができる場所と家庭の両方を行ったり来たりすることで、ようやくバランスが取れるみたいです。もちろん人それぞれでいいと思いますが」

お嬢さんが小さな間、ライブやツアーを行わなかったのは、その成長の一瞬一瞬を見逃したくなかったから。日々進化して、できることが増えていく娘の成長ぶりを見守るのが面白かったし、幸せな時間だった、といいます。ご夫妻とお嬢さんの3人で共に暮らしながらも、お互いのライフスタイルを尊重してきたここ数年の生活。それが一変したのは、新型コロナウイルスの影響でした。

「自分が生きている間に、こんな世界になるとは……本当に予想だにしませんでした。志村けんさんが亡くなられたことも、昔から大ファンだったのでとてもショッキングで。でも、これが現実ならばこの先をどう進んでいくべきか、前を見ていかなくてはとも思いました。実際、生活を見つめ直すよい機会になったと思いますね。こんなに長い期間、ずっと家で家族一緒に過ごし、毎日3食を共にしたのは子どもが小さかったとき以来、久しぶりでした。なによりよかったのは、植物と土に触れる間をたっぷり持てたこと。毎日庭に出て雑草を抜いたりしていると、あっという間に夕暮れ時になって。植物や土などの自然がもたらしてくれる喜び、癒やしの効果を実感しました」

そして、その先へ…… 竹内まりやという生き方
ドレス48万1000円/ラルフ ローレン コレクション(ラルフ ローレン)

竹内まりやさんの42年間の軌跡


20代
資生堂・春のキャンペーンCM曲「不思議なピーチパイ」(1980年発売のシングル)で知名度急上昇。

そして、その先へ…… 竹内まりやという生き方
30代
86年に放映されたTBSドラマ『となりの女』の主題歌、「恋の嵐」のジャケット写真。

そして、その先へ…… 竹内まりやという生き方
40代
98年のシングル「カムフラージュ」。「今夜はHearty Par ty」(95年)などに続き大ヒット。

そして、その先へ…… 竹内まりやという生き方
50代
2007年、第24回ベストジーニスト賞特別貢献賞を受賞した頃。52歳にして奇跡の美しさ!

Ranking今週の人気記事 ベスト5

家庭画報 最新号

2021年2月号 12月28日発売

京都の美に触れる

一部地域は輸送の関係で発売が遅れる可能性があります。

© SEKAI BUNKA PUBLISHING INC. All rights reserved.

Loading