母のタンス、娘のセンス

女優・一色采子の「母のタンス、娘のセンス」〜水無月

〔今月の引き出し〕
梅雨の季節は大人のマリンカラーでハツラツと

女優・一色采子の「母のタンス、娘のセンス」

梅雨空の東京を飛び出して、今回は福島県二本松市へ「きもの旅」に出かけました!東北新幹線の郡山駅と福島駅の中間にあるこの小さな城下町は、私の父、大山忠作の生まれ故郷です。私自身は、東京生まれの東京育ちですが、父の他界を前後して作品の寄贈や「大山忠作美術館」の開設などでご縁が深まり、今では観光大使を務めさせていただくまでに。

幸い二本松ロケではお天気に恵まれましたが、6月の雨降りの鬱陶しさを笑い飛ばすような、心躍る和風マリンルックの装いをご覧に入れながら、きもので訪れたくなる二本松市の見所をお届けします。

雨傘模様のきものはトリコロールカラーで

女優・一色采子の「母のタンス、娘のセンス」

造り酒屋の風情が今も残る智恵子の生家にて。

縮緬地(ちりめんじ)に唐傘がリズミカルに舞うきもので訪れたのは、彫刻家・高村光太郎の妻であり、自らも女流芸術家を目指し続けた高村智恵子の生家です。実は父の実家からほど近く、祖母などは智恵子さんをよく見かけたと聞かされました。由緒ある造り酒屋の令嬢だった智恵子さんは、赤い手絡で髪を結い、袖の長い絹の染物を纏って、時には自転車に乗っていたとか。木綿のきものを日常着としていた当時の田舎で、ひときわ目を引いたハイカラな存在だったそうです。

そんな智恵子さんに想いを馳せ、母が選んでくれた娘時代の単衣を着てみました。袖丈は長めの1尺7寸5分、しっとりとした落ち感のある縮緬の優雅さを残したくて、あえて娘時代のままにしています。若い頃には朱色系の帯を合わせていましたが、白地の母の帯を合わせることで、すっきりとしたワントーンのスタイルに。紺色の帯締めを合わせたら大人のトリコロールカラーが完成しました。

女優・一色采子の「母のタンス、娘のセンス」

銀細工の帯留めは、体を丸めて眠る猫を形どったもの。智恵子の夫である高村光太郎の「団扇に眠る猫」を思わせます。

女優・一色采子の「母のタンス、娘のセンス」

智恵子の生家の裏手にある智恵子記念館にて。色彩豊かな切り絵の作品から、きものの色合わせのヒントも得られそう。

智恵子の生家を後に、続いては父の作品を寄贈した「大山忠作美術館」へ。展示室の入り口に近い場所には、ちょうど若き日の母を描いたという「女と山羊」(1942年)が。この絵は、まだ東京美術学校(現・東京芸術大学)の学生だった20歳の父が、15歳の母をモデルに描いたものです。父と母は遠戚にあたり、子供の頃からの知り合いでした。その後、父は学徒動員で出征し、母の娘時代は戦争の真っ只中でしたので母には娘時代のきものがありません。この唐傘のきものを纏うと、「あなたは、いいわね。私の娘時代はきものどころではなかったのよ」と言っていた母の言葉が蘇ってきます。母が選んでくれた美しい単衣を着ている私に、母は目を細めていることでしょう。

女優・一色采子の「母のタンス、娘のセンス」

「大山忠作美術館」では、10代の母とご対面。

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