松本幸四郎夫人・藤間園子さんが案内する「江戸の手仕事」 歌舞伎役者にとって、屋号を示す「定紋」は伝統を受け継ぐ家のいわばシンボルマーク。紋章上絵の手仕事を守りつつ、革新的な技術も取り入れ新たな“紋デザイン”の世界を手がける工房を、藤間園子さんが訪ねます。
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第9回 紋に込めた魂

高麗屋の定紋である四ツ花菱。シンプルで左右対称な形の紋ほど、すべてを均一な線でバランスよく描くことが難しいという。
[京源]
紋章上絵の伝統的技法を守り続けて
明治43(1910)年に京橋に暖簾を掲げた「京源」。きものに家紋を描く下地工程となる紋糊(もんのり)業に始まり、手描きで紋を仕上げる紋章上絵(もんしょううわえ)師の手技を今に受け継ぎます。
この日、藤間園子さんが訪れたのは、下町情緒に満ちた台東区東上野に構えた工房。3代目の波戸場承龍(はとばしょうりゅう)さんと、4代目となる耀鳳(ようほう)さんが出迎えてくださいました。
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古い紋の資料を手にする藤間さん。この日の装いは、高麗屋の定紋にちなんだ花菱の染め帯を主役とし、ご実家のお母様譲りのものという総絞りの本疋田鹿の子のきものを合わせて。
昭和40年代、シルクスクリーンの登場に伴い、手仕事による家紋の仕事は減少の一途を辿ります。そんななか、「京源」では呉服の世界にとどまらず、日本橋の商業施設やイタリアの有名自動車ブランドなど、企業や商品のロゴの創作といったオリジナルのデザインを手がけるようになりました。
この道50年の紋章上絵師の波戸場承龍さん。

筆を使いやすい長さにカットする様子に、「道具を扱う指先にも、熟練の職人の息遣いが感じられますね」と藤間さん。
「平安時代に端を発する紋は約5万種類あるそうで、まさに図案の宝庫。古来の紋からヒントを得て、意匠にまつわる由緒や江戸の洒落などを紐づけながら、その物語性を現代に打ち出すことに面白さがあります」と承龍さん。
室町期からの紋を新井白石が写した『見聞諸家紋(けんもんしょかもん)』(奥)をはじめ、昭和11年に摺られた『平安紋鑑』(中)、初代の波戸場源次が使っていた冊子(手前)など、古い家紋帳は、波戸場さんたちのデザインのインスピレーション源に。
その多種多彩な紋の世界に魅了された藤間さんも、「一見シンプルな紋の中に、色々な意味や願いが込められていて、それが洗練された形を成すのですね」と思わず感嘆のため息を漏らします。
円と直線だけで描く紋入れに挑戦
希少な手描きの紋入れに挑みたいという藤間さんの心意気に応え、承龍さんがすすめた紋は、市川染五郎さんの定紋となる三ツ銀杏。「すべての紋は、円と直線で構成されています」と、承龍さんがお手本を披露。
紋を描くための道具。左から、筆と平行に持つことで直線を描く際のガイドとなるガラス棒、溝を彫り込んだ溝引きと呼ばれる定規。きもの地に墨を入れる専用の上絵筆。筆先にはこしのあるイタチと狸の毛を使用。右は、曲線を描くのに必要な、分廻しと呼ばれる竹製のコンパス。
用いる道具は、竹製の溝引き(定規)とガラス棒、分廻し(コンパス)と筆のみ。筆先にわずかに含ませた墨で、下描きをせずに“毛一本”と表現される極細の、それでいて確かな線を引き始めると、その場は緊張感に包まれます。
「細い線の中に人の手で描いた微妙な揺らぎがあり、温かみが宿りますね」と藤間さんも感服します。
続いて藤間さんも挑戦。「筆を立て先端が紙に接する感覚を大切に」という言葉に従い、ガラス棒を定規の溝に当て、気持ちを静めて直線を引きます。
今回は、手漉きの越前和紙に通常の男紋の倍となる2寸の三ツ銀杏を描く。「墨のつけ方もうまいですね」と承龍さんにお褒めの言葉をいただくと、「師匠の仕事を間近で見ておりましたので」と藤間さん。季節によって墨の乾き方が異なるため熟練の技術と経験を要する。

分廻しで曲線を描く際には、どこに支点を置き、どの位置から描き始めるかで紋の表情が変わる。「筆順も大事だったとは驚きました。弧のしなり具合は絵師のセンスで決まるのですね」と紋の奥深さを体感。
「初めてとは思えない均一な線、センスがありますね!」と評する承龍さんを、藤間さんもいつの間にか“師匠”と呼び、紋入れに没頭する時間を楽しみました。
「ひと筆ごとに、魂を入れるような気持ちになります」──藤間さん
〈紋ができるまで〉円と直線だけで紋が描かれる様子を三ツ銀杏を例に見てみましょう。