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工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】第11回「大人の恋とは何ですか?(後編)」

潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。前回の記事はこちら>>

第11回 大人の恋とは何ですか?(後編)

イラスト/大嶋さち子

文/工藤美代子

実際にお会いしてみると、菊地氏は予想した通りの紳士だ。私と菊地氏は、彼が豊かな老後を過ごせる伴侶を探す企画について、おおいに盛り上がった。こういう楽しい展開が私は大好きだ。

余談になるが、私の夫は、「なぜ工藤さんと結婚したんですか?」と若い人に質問されると、「いやあ、あの当時ね、私は眼を病んでおりまして」と答えて瞼(まぶた)をこする。

これは真っ赤なウソであり、眼はしっかり見えていた。私がそれを指摘すると、「そうそう、インスタントの焼きそばが美味しかったからだ」と情けなさそうな顔をする。これは本当である。もてない男なので、インスタント焼きそばでも、作ってもらったのが嬉しかったらしい。

私は夫が背が高いので、電球の取り替えをしてもらうのに便利だろうと思って結婚した。まったくつまらない理由である。しかも再婚同士だ。それでも30年も一緒にいるのだから夫婦とは不思議なものだ。

だから、お見合いのお世話も、あまり構えないで、気軽にしたら良いだろうと常々思っている。事前に履歴書や写真の交換などはしない。ただレストランに席を用意して二人を直接会わせてしまう。食事が終ったら、私は静かに去る。そういうパターンに決めている。

菊地氏は、中肉中背で外国生活が長いため動作も洗練されていた。若い人たちの間で、良く使われる言葉を借りるなら、申し分のない物件である。失礼な表現なのは承知だが、瑕疵(かし)物件ではないことを確認しないと仲介は出来ない。DVの常習者だったりしたら困るのだ。

ところが、はたと思ったのは、菊地氏にふさわしい女性の知り合いがいないことだった。いや、いないわけではないのだが、キャリアが順調な女性は、お見合いをしてみようという動機がない。ネットでマッチングアプリなどを検索して探している女性は年齢や年収に強くこだわる。それぞれの女性が求めるものが、菊地氏の希望とうまく合致しない。

そうこうするうちに、年が明けたら菊地氏は80歳になった。そして、ある病気のために1週間ほど入院した。生命に関わるような大病ではなかったが、それでも菊地氏はいろいろと思うところがあったようだ。

街中はコロナウイルスが跋扈(ばっこ)している。世は殺伐とした空気が流れていた。菊地氏がメンバーだった会の講演もキャンセルとなった。そんな中で菊地氏と半年ぶりに再会した。

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