暮らしのヒント

ピアニスト・西川悟平さん。東京パラリンピック閉会式を飾った演奏までの道のり

毎日を心豊かに生きるヒント「私の小さな幸せ」  東京2020パラリンピック閉会式のグランドフィナーレで演奏された「この素晴らしき世界」。ピアノを弾いた西川悟平さんは「夢の舞台での演奏が実現して心から幸せです」と語りますが、その半生はまさに波瀾万丈でした。一覧はこちら>>

第10回 西川 悟平(ピアニスト)

西川 悟平さん

「昔はいかにうまく弾くかと考えていましたが、今はゆっくり奏でるので音色が変わりました。音に次の音の響きを重ね、層ができるようになったのです」。

西川悟平(にしかわ・ごへい)
1974年大阪府出身。ピアニスト。故デヴィッド・ブラッドショー氏、コスモ・ブオーノ氏に師事。2022年春より活動拠点を日本に移し、笑いあり涙ありの、西川悟平トーク&ピアノコンサート開催。(詳細はこちらhttps://goheinishikawa.com/

「世界を目指す日々に突然襲いかかった難病。苦しみの果てに、7本指で奏でる今のピアノが、僕には愛おしい」

15歳でピアノを始めた僕はスカウトのご縁をいただき、1999年25歳のとき渡米。3か月後リンカーンセンターにてデビュー、翌2000年にはカーネギーホールで演奏会を開きました。

左手の指が勝手に曲がる異変に気がついたのは、そのわずか2年後。程なくして両手の指が内側に曲ってしまいました。病院を何軒も回り、下された診断は難病の「局所性ジストニア」。

指などの筋肉がひきつり、自由に動かせなくなる神経性運動障害の病気です。「二度とピアノを弾くことはできない」という宣告に死が頭をよぎりました。

アメリカ時代の思い出の数々

レッスンルームを飾るアメリカ時代の思い出の数々。カーネギーホールやヴェルサイユ宮殿で演奏したり、アメリカのテレビ局でドキュメンタリーが作られたことも。

練習に費やした3万時間、始まったばかりのキャリア。すべてが無駄になり、未来も希望もない。明け方、マンションの屋上から父に電話をかけ「両手すべての指が動かない。もうピアノを続けられない」と初めて話しました。

関西人の血か、いつも笑いで包む父が沈黙して数秒後、返ってきたのは「それで生殖機能は大丈夫なのか?」というまさかの言葉。「はぁ?」と答えたのち僕は爆笑していました。昨日は生死を彷徨(さまよ)う心持ちだったのに。

父が亡くなる少し前に発言の真意を尋ねたら「なんとか笑わせようと思って」。父の愛ある機転のおかげでもう一度、前を向くことができました。そして今、僕は再びピアニストとして生きています。

西川さんのご両親の写真

53歳で亡くなった母との写真。父(右)は5代目吉田奈良丸という浪曲師だった。真ん中の額は浪曲の歌詞の一節。「両親の死は自分の病気以上にこたえましたが、その生き様は死生観を考えるきっかけにもなりました」。

大変なことはその後いいことが起きる前兆だ

再起のきっかけは、子どもたちの前で演奏した「きらきら星」でした。右手3本、左手2本の演奏でも喜んでくれた子どもたち。曲がった指には特に興味を示さず、聞こえてくる音に合わせて歌い踊ってくれた。

子どもたちから贈られた手紙

演奏活動で訪れた小学校の子どもたちから贈られた手紙。

そんな姿に、動く指だけで弾き続けようと思ったのです。ニューヨークで師事した先生にいわれた「スキルを極めたら自分にしか出せないピアノの “声” を見つけるんだ」。その言葉を胸に練習するうちに右手5本、左手の親指と人差し指の計7本が動くようになりました。最初の一曲が弾けるまで7年かかりましたが……。

7本の指が動くまでに

発症当初は鍵盤を前にすると両手がジャンケンのグーの形に固まってしまったが、一音一音を形状記憶させて7本の指が動くまでに。

今ではニューヨークを中心に欧米各地、日本全国においてソロで公演できるようになり、夢の舞台だった東京2020パラリンピックの閉会式でも演奏できました。

人生は波瀾万丈。アップダウンは必ずあり、すべてのことに意味がある。大変なときは「雨が降ると晴れの日も来る。いいことの前兆だ」と自分に呟いています。

西川さんの書

西川さん直筆。人生の信条「最悪のできごとも最高のできごとに変わることがある」。

この先はピアノに再び向き合う力を僕にくれた子どもたちに、体験談を伝えながら夢の後押しをすることが生き甲斐です。

撮影/鍋島徳恭 背景スタイリング/阿部美恵 取材・文/小松庸子

『家庭画報』2022年2月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

Ranking今週の人気記事 ベスト5

家庭画報 最新号

6月号 4月30日発売

絶景の開運スポットへ

一部地域は輸送の関係で発売が遅れる可能性があります。

© SEKAI BUNKA PUBLISHING INC. All rights reserved.

Loading