【特別企画】慶祝「成年式」によせて 悠仁親王殿下 令和7年9月6日、秋篠宮家ご長男の悠仁(ひさひと)親王殿下は19歳のお誕生日をお迎えになり、快晴の下、古式ゆかしく「成年式」が執り行われました。秋篠宮皇嗣殿下の成年式以来、40年ぶりのことでした。成年式は皇族の男子が成年に達せられたときに行われる「元服」に由来する儀式で、奈良時代より1300年の時を超えて、連綿と受け継がれてきました。ご慶事にあたり、成年式に臨まれた悠仁さまのご様子と19年にわたるご成長の軌跡を辿ります。
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粛々とご準備を重ねられて
受け継がれる成年皇族への道
悠仁さまは幼い頃より、日々の暮らしの中で、皇室の一員としてのご研鑽を積んでこられました。なかでも戦争についてはご両親をはじめ、祖父母である上皇上皇后両陛下からも、折に触れてお話を聞いてこられました。平成26年、秋篠宮皇嗣殿下はお誕生日に際しての記者会見において、戦争の中に日々の生活があった両陛下(現・上皇上皇后両陛下)が戦争の記憶を風化させないようにという強いお気持ちを抱かれていること、そして両陛下から直接子どもたちへ話をしていただくということを非常に大切な機会ととらえていると語っておられます。また同じ会見で秋篠宮皇嗣妃殿下は天皇陛下(現・上皇陛下)が皇太子のときにお話しされた「日本人として忘れてはならない4つの日」には、子どもたちが小さい頃より一緒に黙禱をし、戦争で亡くなった人々のことを静かに思いながら過ごしてまいりましたとお話しになりました。
7歳の冬、ご両親とともに沖縄県糸満市にある平和祈念公園の石碑「平和の礎(いしじ)」の前で祈りを捧げられた。この石碑には沖縄戦などの戦没者名が刻まれている。
小学生になられると戦争にまつわる展示会を毎夏ご覧になり、7歳のときには沖縄、10歳のときには長崎と、戦争の爪痕が残る地に赴かれました。11歳の夏にはご自身のご希望で秋篠宮皇嗣妃殿下と共に広島をご訪問。被爆者の証言に耳を傾けられ原爆死没者慰霊碑に黙礼され、平和記念資料館をご見学なさいました。
公的なご活動では12歳の夏、ご両親と沖縄豆記者・函館豆記者約60名とご接見になりました。「豆記者」とは沖縄県と北海道函館市の小中学生が夏休みに記者の仕事を体験する催しで、そもそもは沖縄と本土の交流を目的に昭和38年、当時皇太子だった上皇陛下がご接見を始められました。また13歳の冬には姉宮・佳子さまと一緒に「第41回少年の主張全国大会~わたしの主張2019~」にご臨席になり発表者とご懇談をなさいました。
16歳の秋、神宮の外宮(豊受大神官)を参拝される悠仁さま(三重県伊勢市)。

18歳の冬、京都府舞鶴市にある「舞鶴引揚記念館」をご見学。語り部の大学生や高校生からの説明に、熱心に耳を傾けられた。
このようにして、皇室の一員としてのご自覚を少しずつ育まれてこられた悠仁さま。昨年3月3日に臨まれた初めての記者会見では気高く凜々しく前を見据えて、これから始まる成年皇族としての道を真摯にお歩みになるご覚悟をお話しになりました。
成年式を祝うご内宴で贈られたボンボニエール

「幸せが宿る器」と称されるボンボニエール。ヨーロッパでは古くから砂糖菓子を入れて慶事に配る習慣があり、皇室でも慶事の引き出物として使われている。入っているのは金平糖。右は銀製で秋篠宮家の御紋、悠仁さまのお印「高野槇」、幼少期よりご関心があり研究されたイトトンボと水草が描かれている。左は磁器製で極めて緻密なタッチで、御紋とお印とトンボが描かれている。
(次回へ続く。)