【特別企画】慶祝「成年式」によせて 悠仁親王殿下 令和7年9月6日、秋篠宮家ご長男の悠仁(ひさひと)親王殿下は19歳のお誕生日をお迎えになり、快晴の下、古式ゆかしく「成年式」が執り行われました。秋篠宮皇嗣殿下の成年式以来、40年ぶりのことでした。成年式は皇族の男子が成年に達せられたときに行われる「元服」に由来する儀式で、奈良時代より1300年の時を超えて、連綿と受け継がれてきました。ご慶事にあたり、成年式に臨まれた悠仁さまのご様子と19年にわたるご成長の軌跡を辿ります。
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皇居・宮殿「春秋の間」で行われた「加冠の儀」。天皇皇后両陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下をはじめ皇族の方々、ご臨席の方々が見守られる中、悠仁さまは未成年の額当て「空頂黒幘(くうちょうこくさく)」から成年の証である冠(燕尾纓(えんびのえい))へ被り物を替えられた。写真上の地に敷いた雲鶴文は、悠仁さまの袍(ほう)に使われた文様で、瑞雲の中で向かい合う阿吽の鶴が描かれている。
秋篠宮皇嗣殿下以来40年ぶりの儀式
悠仁親王殿下「成年式」
9月6日、その長き一日を辿る
成年式は天皇陛下の勅使より冠を賜る儀式から始まります。1300年もの悠久の時を超えて、日本に今なお受け継がれる儀式などに臨まれた悠仁さまの記念すべき一日をご紹介しましょう。
8時45分
冠を賜うの儀
秋篠宮邸「鶴の間」

「冠を賜うの儀」。天皇陛下が遣わされた勅使から悠仁さまへ、加冠の儀でおつけになる冠が授けられた。
秋篠宮邸「鶴の間」にて、モーニングコート姿の悠仁さまがお待ちになる中、天皇陛下が遣わされた勅使が入室され、「このたびのご成年式にあたり、天皇陛下からこの冠を賜ります」の言葉とともに冠の入った箱をお渡しになりました。
そして「加冠の儀」が行われる皇居・宮殿へのご移動には、天皇陛下が差し遣わされた御料車「センチュリーロイヤル」にお乗りになり、宮殿の南車寄に向かわれました。
10時
加冠の儀
皇居・宮殿「春秋の間」

懸緒断つ
音高らかに響きたり
二十歳(はたち)の門出
我が前にあり
天皇陛下が成年式をお迎えになった翌年の昭和56年、「音」というお題の歌会始にて、当時のお気持ちを詠まれたお歌。
悠仁さまが加冠の座にお座りになった後、冠を高く掲げて加冠の準備を整える加地隆治御用掛。間にあるのは二階棚にのせた冠筥と打乱筥。
儀式が執り行われたのは608平方メートル、宮殿の中で2番目に広い「春秋の間」です。皇族やご親族の方々、石破 茂内閣総理大臣(当時)をはじめとする三権の長が列席する中、吉田尚正皇嗣職大夫の先導で未成年の正装である「闕腋袍(けってきのほう)」の束帯をお召しになり、頭には「空頂黒幘(くうちょうこくさく)」をつけられた悠仁さまがご入室なさいました。長い裾を持つ御裾奉持役は小山永樹皇嗣職宮務官長、賜冠奉持役の加地隆治宮内庁御用掛が後に続きます。悠仁さまが着座されると、奥から秋篠宮皇嗣同妃両殿下、次いで天皇皇后両陛下がお出ましになり、厳かに儀式が始まりました。
あごの下で掛緒を結んでいるのは加地隆治御用掛。後ろから冠を支えているのは小山永樹皇嗣職宮務官長。
悠仁さまが「加冠の座」にお座りになると加冠役の坂根工博侍従次長が空頂黒幘を外して「燕尾纓(えんびのえい)」がついた冠をお被せしました。続いて加地氏が冠を固定するため、掛緒(かけお)という和紙製の紐をあごの下で結びます。ご一同が注視なさる中、掛緒の両端を和ばさみで切り揃える「パチンパチン」という音が響き渡りました。
「加冠の儀」。皇居・宮殿「春秋の間」で天皇陛下から賜った成年用の冠をつけられて、ご臨席の天皇皇后両陛下へご挨拶をなさる悠仁さま。
燕尾纓が長く垂れる冠をしっかりと被られた悠仁さまは両陛下の前へ進み出られて、天皇陛下には冠を賜ったこと、両陛下にはご臨席くださったことへの謝恩の辞をお述べになりました。さらに秋篠宮皇嗣同妃両殿下には成年式を挙げてくださったことへのお礼、そして成年皇族としてのご決意を述べられました。
天皇陛下より賜った冠をおつけになり、両陛下、両殿下、皇族方をはじめ参列の方々にご挨拶を済まされた後、春秋の間をご退出になる悠仁さま。

加冠の儀を終えられて、宮中三殿へ向かうため、宮殿・南車寄にお出ましになった悠仁さまと諸役。
加冠の儀を終えられた悠仁さまは「縫腋袍(ほうえきのほう)」の束帯、「垂纓(すいえい)」の冠、お手に笏(しゃく)、懐中の扇も成年の檜扇になり、履物は「鞾(かのくつ)」のお姿です。
秋晴れの下、
2頭の馬にひかれて進む
儀装馬車
宮内庁や皇宮警察の職員たちが拍手で見送る中、2頭の馬にひかれて宮中三殿に向かわれる悠仁さま。お乗りになった馬車は大正2年に作られた日本製の「儀装馬車4号」。海老茶色に輝く漆塗りの車体両側には金色の菊の御紋章が施されている。40年前に秋篠宮皇嗣殿下も成年式でお乗りになった。
そして宮殿の南車寄にお出ましになり、多くの宮内庁職員並びに皇宮警察職員が見守る中、「儀装馬車4号」にお乗りになり、宮中三殿へと向かわれました。
成年の正装である縫腋袍の束帯姿で馬車にお乗りになり、二重橋を渡り切って宮中三殿へ向かわれる悠仁さま。
「加冠の儀」の模様を動画でご覧いただけます加冠の儀の動画が宮内庁の公式YouTubeチャンネルにて公開中です。
https://m.youtube.com/watch?v=7cTfLja4xOo 11時30分
賢所皇霊殿神殿に謁するの儀
宮中三殿

宮中三殿に拝礼され、成年になられたことをご報告
手前より神殿・賢所・皇霊殿。中央の皇祖天照大御神を祀る賢所でのご拝礼に向かわれる悠仁さま。
悠仁さまは秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下、ご親族の方々が見守られる中、皇祖天照大御神を祀る「賢所(かしこどころ)」、歴代天皇や皇族の霊を祀る「皇霊殿(こうれいでん)」、全国の天神地祇を祀る「神殿」を次々拝礼され、成年になったことをご報告されました。
賢所で告文を奏され、ご拝礼をお済ませになり、厳粛な表情で退下なさる悠仁さま。

悠仁さまのご拝礼をお見守りになるため、宮中三殿に向かわれる秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下。
馬車で宮殿にお戻りになると、午後には洋装の正装である燕尾服に身を包まれ「朝見の儀」に臨まれました。
14時
朝見の儀
皇居・宮殿「正殿松の間」

悠仁さまの謝辞をお聞きになると天皇陛下は「成年式を挙げられたことを心からお祝いします。これからは、学業に励まれるとともに、皇族としての務めを立派に果たされるよう願っております」と寿がれた。
宮殿の中で最も格式の高い「正殿松の間」で行われたのは、天皇皇后両陛下に成年としてのご挨拶をする儀式です。
悠仁さまは、天皇陛下の前に歩み出て「本日の成年式にあたり、冠を賜り、天皇皇后両陛下のご臨席の下、成年式を終えることができましたことに、深く感謝申し上げます。成年皇族としての責務の重さを自覚し、さらに勉学にいそしむとともに経験を積み、これまで賜りました御恩にお報い申し上げたく存じます。ここにお礼を申し上げます」と、ご挨拶なさいました。続いて皇后陛下へご挨拶。両陛下からは寿ぎの言葉を賜りました。
御台盤の前に着席された悠仁さま。
お席にお戻りになり、再び両陛下の御前に進み出て「九年酒(くねんしゅ)」の御盃を賜りました。続いて両陛下は、宮中料理が並ぶ御台盤(だいばん)で箸を立てる所作をなさいます。
古式に則った宮中料理が並ぶ。右手前から紅梅を立てた「雲丹篠蒲鉾(うにしのかまぼこ)」、高盛御飯、「塩引干鰤(しおびきほしぶり)」には白梅が立つ。左は「塩茹才巻海老(しおゆでさいまきえび)」。
お酒もお料理も儀式的なもので、実際にお口をおつけになることはありません。悠仁さまもお召し上がりになったという所作をなさり、朝見の儀はつつがなく完了しました。
14時30分
勲章親授
皇居・宮殿表御座所
表御座所(おもてござしょ)において天皇陛下より、日本最高位の勲章の一つである「大勲位菊花大綬章(だいくんいきっかだいじ ゅしょう)」を授与されました。
燕尾服に勲章をおつけになり成年皇族の洋装の正装姿で、南溜の階段を下りられる悠仁さま。宮殿「波の間」の大壁画、東山魁夷作の〈朝明けの潮〉が新たな門出を寿いでいる。
その後、正副2つの勲章をおつけになった燕尾服姿の正装で、宮内庁長官ら幹部からの祝賀をお受けになり、秋篠宮邸に戻られました。続いて、同じ赤坂御用地内の仙洞御所に向かわれ、上皇上皇后両陛下へ成年式のご報告をされました。
18時30分
ご内宴
帝国ホテル 東京
天皇皇后両陛下、上皇上皇后両陛下をはじめとする皇室の方々やご親族をお招きになり、私的な祝宴が催されました。ご臨席の方々には記念品として銀製と磁器製のボンボニエールが贈られました。図柄は悠仁さまのお印である「高野槇(こうやまき)」や、幼少の頃より関心を持ち続けてこられたトンボが勢いよく飛翔する様子が描かれています。
(次回へ続く。)