〔連載〕生きものと歩む “環境農家”の愉しみ
私たちが実際に「田舎で暮らしたい」と思ったときにまず考えるべきことはなんでしょうか。
アーティストとしての活動と、畑仕事や林の手入れなどを両立する——。
そんな暮らしを実現した今森さんに、田舎暮らしを始めるために欠かせないことを教えてもらいました。
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第11回 生き方にテーマを持つ
対岸から湖西を望む風景は、雄大で美しい。私がよく訪れる砂浜は、人がほとんど訪れず、天気が良い日は一日いたくなる。午前中は、湖面が青く、午後は逆光で白く輝くようになる。雪が積もっている峰が比良山地で、左側は比叡山へとつづく。
「田舎は自分と向き合う場所」
朝、目を覚ましたら窓の向こうの比良山地は真っ白。裏の畑に駆けてゆくと、ネギもキャベツも雪に埋もれていました。仰木では、ひと冬に数回くらいしかない貴重な風景、しっかり見ておかないとすぐに雪はなくなってしまいます。
こんな真冬、私はよく琵琶湖の畔を訪れます。浜辺では、清楚な姿のユリカモメが舞っていたり、キンクロハジロが愛らしい顔で遊泳していたりするからです。でも、本当に出会いたいのは冬鳥ではなく砂浜。遠浅が続く砂の浜辺は、天気が良いと波が静かに打ち寄せていて、悠久の琵琶湖を堪能できます。雪をたたえた比良山地や野坂山地が、まるで青い湖面に浮かんでいるように見えて壮観です。
冬になったら琵琶湖岸にやって来るユリカモメ。体は純白、羽の先端部が黒く、足と嘴は鮮やかな紅色をしている。群れ飛んでいる姿はとても美しい。
琵琶湖には山々の雪解け水が流れ込み、それが湖底まで届き攪拌されます。それによって酸素が供給され、流れのある川に棲むアユや湖の深みで暮らすビワマスなどに生活の場を与えます。“琵琶湖の深呼吸”、まさに生きている湖なのです。
琵琶湖にほど近い仰木の集落に移住してから2回目の冬を迎えました。来客が多いアトリエが仰木の在所の外れにあったので、自宅との行き来の時間が短縮され、生活は楽になりました。自宅の部屋の窓からは田園が眺められ、畑も目の前なので、私にとってはこれ以上の土地はありません。
私が仰木で暮らし始めたことを知人に伝えると、早速田舎暮らしの方法についての質問を受けるようになりました。最近は、都会の生活に疲れて地方に移住したい人の話をよく耳にします。インターネットの普及で、不便なところにいても、都市との交流ができるようになり、仕事の内容によっては、問題なく暮らせるようになりました。
都会人にとって地方で暮らす場合の最初の選択は、新興住宅地か旧家か、ではないでしょうか。里山に近い新興住宅地の場合は、自然を楽しむこともできるし、都市的な生活パターンも維持できます。
一方、旧家のある在所の場合は、村落に伝わってきた習慣に身を任せて暮らすことになります。この場合、土地に田畑がついていることがほとんどで、その人が、どのようなライフスタイルを求めているかで価値が大きく変わってきます。よく古民家のことも話題になりますが、古民家を利用する田舎暮らしは、後者にあたります。ただし、古民家があっても人がほとんどいなくなった限界集落であることもあり、田舎暮らしの条件は様々です。
部屋の窓から眺める真冬の風景。早朝はこのように、比良山地が真っ白になることもある。画面中央の深緑部は常緑樹とヒノキで、神社の杜がつづいている。
スローライフという言葉もよく聞きますが、田舎暮らしの方がやらねばならないことがいっぱい出てきて、都会で暮らすよりも忙しくなります。安住の地を求めるというよりも、その土地で本当の自分と向き合い、何をすべきかを考えることが大切になってきます。
私の場合は、アトリエを建てるときに3人の専業農家の人と親しくなったことが幸運でした。私よりも年配の方々なのですが、今でもお元気なので嬉しく思います。
Sさんは、藁細工が得意で、円柱形の藁の腰掛けの作り方を習ったことがあります。Yさんは、「オーレリアンの丘」の土地を購入するときにもお世話になりました。そのとき、現状の農地と、公図と呼ばれる旧土地台帳附属地図にかなりの相違がみられました。一度は諦めたのですが、Yさんが、それぞれの地権者「田舎は自分と向き合う場所」に立ち会っていただき承諾をもらう方法を提案してくれて、やっと売買が成立しました。それがなければ、「オーレリアンの丘」は誕生しなかったでしょう。本当に感謝です。
また、Aさんは、仰木で一番規模の大きな農家です。ひと昔前の仰木の田んぼのことを、今までに色々とレクチャーしてもらっています。土手の草を鎌で手刈りし、竹籠に入れて、牛小屋まで運ぶ仕事も実演していただいた経験があります。
田舎暮らしで大切なのは、自分の生き方にテーマを持つことだと思います。とは言っても、今の私にとっては、とりあえず、農家の人や、生きものたちの近くに住めるようになったことが最大の喜びです。
仰木を流れる天神川の河口は、アカメヤナギの枯木が見られ、ヨシ原も広がっている。水鳥の観察にはもってこいの場所で、度々やって来る。ひと昔前には、このような環境が岸辺に点在していたが、今では非常に貴重になってしまった。
2月・畑の頼れる仲間たち
雪が積もった朝は、色々な動物の足跡が残っています。裏の畑で多く見られるのは、イノシシとシカです。ニホンジカは、警戒心が強く神社の森の近くにいて、畑を荒らすことはしません。
ニホンジカ
土手では、枯れ枝にトックリバチの巣がくっついていました。泥で作られ、名前のごとくとっくりの形をしています。とっくりの中には、幼虫が越冬しています。
トックリバチ
畑の下の段にあるミツマタの花には、色々な昆虫がやって来ます。暖かい日には、越冬しているアカタテハがやって来て盛んに蜜を吸います。真冬でも畑では色々な生命に出会えるので、散策が楽しくなります。
アカタテハ