〔連載〕生きものと歩む “環境農家”の愉しみ
仰木に冬がやってきました。今森光彦さんは、土手にある特等席から、雪化粧をした比良山地を眺めます。
ここは、大好きな昆虫や幼少期の思い出に想いを馳せる場所。今森さんが魅せられた比良山地とは一体どんな場所なのでしょう。前回の記事はこちら>>
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第9回 土手から望む比良山地
裏の畑と自宅の間にある土手は、私にとって最高の場所。土手の上には比良山地の峰々が顔をだし、季節の風がやってくる。草刈りで維持している土手は、周辺の棚田と同じように四季折々の植生があり、そこを眺めるだけでも風景を十分に楽しめる。
「蝶に導かれてこの地へ」
香ばしい藁の匂いが、どこからともなく漂ってきます。裏の畑では、キャベツやカブラなどが、ちょっと青みを帯びた葉を広げています。気温が低くなると昆虫たちの食害が少なくなるので、一安心というところです。といっても、農作業はまだまだ終わりません。「オーレリアンの庭」や「オーレリアンの丘」では、刈り込んだ草に火を入れる野焼き作業が残っています。天気が良く風がない日は、とても貴重、有効に使わねばなりません。
それとこの時期は、逃してはならない私の楽しみがあります。それは、土手に腰をおろしてのんびりと風景を眺めること。今年最後の草刈りを終えた土手では、スイバ、タンポポ、ノアザミ、ハルノノゲシなどが、太陽の光を吸収するために平たく葉を広げて、土手の斜面にぺたりと張り付いています。私は、この愛らしい姿が、人と植物の共存の証を見ているようでとても好きです。土手にそっとお尻をつけると温かい地熱が伝わってくるのも特別な感覚です。
昨年からは、風景を眺める場所として、家と裏の畑の間にある土手も選びました。ここからの比良山地の姿がなかなか秀逸です。土手には、甘柿の古木や野仏も鎮座していて、仰木の風土を凝縮したような趣なのです。
初冠雪を迎えると峰が銀色に輝きます。比良山地の南には、昔から仏教の源として知られる比叡山があります。比叡山にこもる仏教修行僧たちは、北にそびえる堂々とした独立峰を眺めて、比良山地の季節ごとに変わる山肌に神聖さを感じとったことでしょう。
「オーレリアンの丘」で早朝に野鳥を観察する。私がもたれている渋柿の古木は、45年間放置された竹林の中に人知れず隠れていた。丘では、比良山地と「光の田園」を見渡すことができ、清々しい風が吹いている。自宅から近く、お気に入りの場所のひとつだ。
比良山地の最高峰は、武奈ヶ岳。標高は1200メートルくらいしかないのですが、冬になると山の半分が真っ白になります。これは、若狭湾から吹き付ける雪雲にさらされるためです。一方、仰木地区の方は、冬は晴れ間が多く乾燥するので、雪景色を特等席で仰ぐことになります。琵琶湖の北部は日本海側気候、南部は場所によって異なりますがおおよそ瀬戸内海式気候。冬は、豪雪地域と温暖地域がちょうど比良山地あたりで接するという珍しい場所なのです。
武奈ヶ岳には、学生の頃によく訪れました。当時は、麓からリフトもあったのですが、山頂まで4時間かけて自力で登りました。武奈ヶ岳の山頂の手前に午前8時くらいに到着するために、まだ暗いうちに家を出発したものです。理由は、早朝だけに舞う珍しい蝶を採集したかったからです。
その蝶は、ゼフィルスの仲間。ゼフィルスは、落葉広葉樹を食草とするシジミチョウで日本に25種類います。翅を広げると100~500円玉くらいの大きさで、金緑色に輝くものもあります。そのうちの11種類がこの山に生息しているのですから、比良山地はゼフィルス王国だと言えます。ゼフィルスは、低地性のものが「オーレリアンの庭」や自宅の近くにもいて、それらは、コナラ、クヌギ、ハンノキなど、雑木林を構成する樹木を食べるため、里山の豊かさを示す蝶としてとても貴重です。
武奈ヶ岳は、山頂近くになると急に大きな木がなくなります。森林限界を超えたときのように急に空が開けます。これは、山頂付近が砂礫地で樹木の根が張りにくいことや、強い風雪を受けるので木が育ちにくいのが原因です。この、背丈の低い草に覆われた峰に、上昇気流に乗ってゼフィルスのなかでも珍しいフジミドリシジミが吹き上がってきます。サファイア色に輝きながら尾根筋を飛翔する姿は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
ゼフィルスの仲間であるミドリシジミ。オスの翅は、金緑色に輝きたいへん美しい。幼虫は、ハンノキの葉を食べる。
比良山地の雪景色は、「比良の暮雪」と謳われたり、「関西のアルプス」とも形容されてきました。私にとっては、峰々が白くなった比良山地の風景は、冬の到来を告げる里山からの便りなのです。
もくもくと白煙が立ち上る、今年最後の土手焼き。風がない日に行うので「光の田園」の谷に乳白の煙が沈着し、霧がかかったような風景になることも。刈田に染み付いた香ばしい匂いが冷たい風に持ち去られると、本格的な冬の訪れだ。
12月・畑の頼れる仲間たち
土手の柿の木に毎日カケスがやってきます。ギャーギャーとガラガラ声で鳴くので迫力があります。カケスは、どんぐりを一定の場所に蓄える習性があるので、ひょっとしたら近くにあるコナラの実を狙っているのかもしれません。
カケス
12月になっても暖かい日には、ユニークな文様をもつテングチョウに出会います。雑木林の縁の枯れ葉や小枝の中で越冬しているのですが、太陽の光がさすと、翅を開いて日向ぼっこをします。
テングチョウ
ニホントカゲは、初冬に枯れ草の上で休んでいる姿を見かけます。本格的な寒さがやってくると、土の中の浅いところに潜って春を待ちます。
ニホントカゲ