村雨辰剛の二十四節気暮らし庭師で俳優としても活躍する村雨辰剛さんが綴る、四季折々の日本の暮らし。二十四節気ごとに、季節の移ろいを尊び、日本ならではの暮らしを楽しむ村雨さんの日常を、月2回、12か月お届けします。
立冬~ノスタルジーを誘う冬の香り

「香十 銀座本店」にて、香料を聞く姿も堂に入った村雨さん。
“冬が立つ” という文字通り、「立冬」を迎え、いよいよ冬の扉が開きました。木枯らしが吹くような本格的な寒さが訪れるのはまだ先ですが、北海道では早くも初雪のニュースも聞こえています。冬のはじまりといえば、僕たち庭師にとっては一年で最も忙しい頃。この時期に剪定を行うと樹木が休眠期に入ってるので、お正月に向けて手入れされた姿が長く続くためです。さらに、多くの落葉樹が葉を落とし、枝ぶりがはっきり見えることで、全体的に樹形を整えることができるというのも理由のひとつ。慌ただしい冬支度の合間に、心を鎮めたいと向かった先は「香十 銀座本店」です。
貴重な香木が銅筒に収められた圧巻のカウンター。
![中央に掛けられた和歌は毎月掛け替えられます。11月の和歌は、[古今和歌集 巻第六 冬歌三一六]より撰した一首「大空の 月のひかりし 清ければ 影みし水ぞ まづ凍りける」。空気が澄むことで月が冴えわたる美しい情景が詠まれています。](https://images.www.kateigaho.com/media/article/180199/images/editor/7beb94c64d57e8ee96e8febf6318621478d1aa30.jpg?d=447x670)
中央に掛けられた和歌は毎月掛け替えられます。11月の和歌は、[古今和歌集 巻第六 冬歌三一六]より撰した一首「大空の 月のひかりし 清ければ 影みし水ぞ まづ凍りける」。空気が澄むことで月が冴えわたる美しい情景が詠まれています。

「調香コース」をご指導いただいたのは、「香十 銀座本店」の馬越正子さん。
「香十」は天正年間に京都で創業した、450年以上の歴史を誇るお店です。実は僕が「香十 銀座本店」を訪れるのは二度目。以前「香道」を体験し、日本にはゆかしい香りを愛でる、なんて雅な世界があるのだと感動した思い出があります。今回は、冬のはじまりを告げる香りを自分でアレンジしたいと、1時間ほどの「調香コース」に挑戦。僕にとって11月から12月にかけての香りは、庭の手入れで触れることの多い柑橘類の爽やかな甘さと、常緑樹のきりりとした清らかさが溶け合うような印象です。そんな庭木のイメージを思い描きながら、まずは9種類の刻み香料の香りを確かめました。
調香に用いる刻み香料は、産地の異なる2種類の白檀や桂皮、丁子、甘松など計9種類。そのほかに液体香料や結晶香料が揃います。

刻み香料を扱う村雨さんの手元に、香道で得た優雅な所作が映し出されます。
まずは、ベースとなる白檀を乳鉢に2匙入れます。次に選んだのは、スパイシーな骨格を作る丁子。さらに、香辛料の八角としても知られる大茴香(だいういきょう)で個性を加えます。その時点で少し尖った印象になったため、パロサントで濃厚な甘さを足し算。続いて庭木をイメージした蜜柑やヒノキのエッセンスの液体香料を、最後にツンとした刺激を感じる龍脳(りゅうのう)の結晶香料を混ぜ合わせました。香料を擦りつぶしながら思ったのは、僕は調和のとれた柔らかな香りよりも、輪郭のはっきりとした香りに惹かれるということ。これから年末に向けた気忙しい季節に負けないような、意志の強い香りを自然と目指していました。
「摺りつぶすことで香りが引き出されるようですね」と村雨さん。庭木で扱うことの多い蜜柑の液体香料も加えていきます。

好みの香袋と組紐を選んで。
完成した香りを確かめて、ふと蘇ったのは生まれ故郷のクリスマス飾りの思い出です。スウェーデンのクリスマスでは、オレンジにクローブを刺した「フルーツポマンダー」と呼ばれる飾りを家族みんなで準備します。魔除けの意味もあるそうで、柑橘系とクローブの甘い香りで部屋を満たす伝統的な飾りです。僕が調香した刻み香料には丁子=クローブが含まれ、液体香料では蜜柑を選び、無意識のうちに「フルーツポマンダー」のような香りに仕上げていました。嗅覚は五感の中でも記憶との結びつきが強いといわれていますが、不思議と郷愁を誘う香りに導かれたようです。
最後にもう一つ、「立冬」の習慣として “炬燵開き”というものがあるのだそうです。僕は冬でもほとんど暖房をつけないのですが、寒がりのメちゃんために早々に炬燵を準備しました。今回作った香りとともに、一緒に心温かな冬を迎えたいと思います。
オリジナルの香袋にご満悦。胸ポケットに入れてさりげない香りの広がりを楽しみます。

炬燵開きを誰よりも待ちかねているメちゃん。
●訪れたお店
香十 銀座本店
住所:東京都中央区銀座4-9-1 B1
電話:03-6264-2450
https://www.koju.co.jp/
村雨さんが見つけた二十四節気

左・「鷺が少し寒そうに羽根を寄せているように見えました」と話す村雨さんの、優しい眼差しが映し出されたようなワンショット。右・寒暖差とともに紅葉が色づいてきた様子も、微細に移りゆく季節が感じられます。
村雨辰剛(むらさめ たつまさ)1988年スウェーデン生まれ。19歳で日本へ移住、語学講師として働く。23歳で造園業の世界へ。「加藤造園」に弟子入りし、庭師となる。26歳で日本国籍を取得し村雨辰剛に改名、タレントとしても活動。2018年、NHKの「みんなで筋肉体操」に出演し話題を呼ぶ。朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」や大河ドラマ「どうする家康」、ドラマ10「大奥 Season2 医療編」など、俳優としても活躍している。著書に『僕は庭師になった』、『村雨辰剛と申します。』がある。