〔連載〕生きものと歩む “環境農家”の愉しみ
生い茂るタブノキやけやきなどの広葉樹、飛び交う鳥や虫の鳴き声。これらに出合ったのならば、きっとあなたは美しい水辺のそばにいます。
滋賀県では、古くから琵琶湖を中心に人の営みと水辺、そこにすむ生きものたちが深くかかわり合って暮らしてきました。命が育まれる「川」との向き合い方をもう一度考えてみませんか。前回の記事はこちら>>
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第8回 川が紡ぐ生命
アトリエの雑木林は、晩秋には、美しく色づく。ハラハラと落ち葉が舞う音を聞きながらハンモックで寝そべるのはとても気持ちいい。このハンモックは、20年以上前、アマゾン川を取材したときに、現地で手に入れたもの。簡素な作りだが長持ちする。
「森から田畑、湖を繫ぐ天神川」
爽やかな季節になりました。雑木林の木々の葉は、黄色や赤色に変化してとても鮮やかです。晩秋は、大気までもがあたたかく染まっているようで、心が落ち着きます。
裏の畑では、ケール、ブロッコリー、ダイコン、菜の花などの葉が大きくなりつつあります。これらの野菜は、本格的な冬がやってくる前の成長がポイントです。油断していると急に気温が低くなる日もあるので、天候には気を配らねばなりません。
長靴スタイルは、畑や庭を散策するときの定番。私の横に立っているのは、クヌギの稲架木(はさぎ)で、30年前に植えたものだ。
墓地のある小高い丘に足を延ばすと、刈田の重なりが迎えてくれます。広々とした「光の田園」の中央を流れるのは天神川。天神川は、比叡山を水源とする一級河川で、それほど水量は多くないですが涸れることはありません。私が写真家としてこの棚田を継続的に撮影したいと思ったのは、仰木の美しさに魅せられたこともありますが、そこに慎ましやかに流れる1本の川があったからでしょう。
川は、生きものたちのことを考えるうえではとても大切です。水は、頂の沢からはじまって河口に至るまで、高低差はもちろん、様々な環境を通り抜けて移動します。もし川沿いに道があれば、それをたどって散策するのが賢明です。きっと草花や野鳥など小さな自然をいっぱい発見できるでしょう。
川は、大きい方がより豊かな自然があると思うかもしれませんが、こぢんまりしていても、豊かさに変わりはありません。ヨシ原のある湖岸から市街地を通り抜けて、田んぼのある旧家を横目にしながら棚田のある農道を歩き、スギ、ヒノキと広葉樹が混生する森を目指す、そんな日帰り体験ができるコンパクトさをもっているのが天神川なのです。
生きものの目線で考えると、川は生態系そのものです。森や田畑や水辺などは、人間からすると、まったく違う環境に思えますが、生きものたちの側から眺めると、それらはすべて繫がっています。人間が環境を横軸で見ているのに対し、生きものの方は、縦軸として利用しているといって良いかもしれません。
生きものが、川に沿って行き来している例は、数多くあります。野鳥でいうとカワセミは、中流域から河口まで広い行動範囲をもっています。所々にある川沿いの崖に営巣し繁殖しているようです。また、魚を例にとると、琵琶湖特産種のビワマスがいます。ビワマスは、琵琶湖の深みで暮らしているのですが、秋になると川を遡上し、中上流域で産卵します。森に囲まれた清流で孵化した稚魚は、故郷の琵琶湖へと移動します。
嘴(くちばし)が大きく、体が青く輝く鳥は、カワセミ。ブルーの軌跡を残して天神川を元気良く飛翔しているのをよく見かける。川には、カワムツやコアユなどがいるので、それらをダイビングして見事に捕獲する。スズメより少し大きいくらいの体格で、意外に小柄だ。
それと、やっぱり忘れてはならないのは、ニゴロブナでしょうか。この魚も固有種ですが、私が子供の頃は、琵琶湖の中で最も身近な魚でした。現在は、環境の悪化で、残念ながら絶滅危惧種になってしまいました。昔の思い出が夢のようです。
ニゴロブナは、雨が降って川が増水すると、毎年琵琶湖から集団になって川を上ってきました。目的は、ビワマスと同じく卵を産むことです。ニゴロブナは、ビワマスのように川の本流を遡ることはなく、支流に入り込んでひたすら浅瀬を探します。稲作がなされるよう「森から田畑、湖を繫ぐ天神川」になってからは、水の入った田んぼが、彼らにとって最高の環境になりました。数百匹ほどのニゴロブナの群れは、段差のついた田んぼの堰を満身の力で乗り越えて、人がつくった水の園にたどり着きます。
子供の頃は、水深10センチほどの田んぼの中で背びれを出したり、体を横にしたりして泳ぐニゴロブナの姿をよく見ました。魚の他にも、カエルの仲間やトンボの仲間など、水系をたどって移動するものは数多くいます。
“水の流れは、生命の流れ”。裏の畑から「光の田園」を眺めていると、私自身も琵琶湖水系の中に生かされていることに心から喜びを感じます。
天神川の支流、大倉川は、上流に人家がないので、水質が良い。ススキの穂が水面にうなだれる様子は、眺めていて飽きることがない。この水は、比叡山に向かってつづく棚田にとってとても重要で、昔から人々に愛されてきた。
11月・畑の頼れる仲間たち
裏の畑の土手に生えたヤブムラサキにメジロがやってきました。抹茶色のとても美しい鳥です。これから寒くなると十数匹くらいの集団になって農地の木々を飛び渡ります。
メジロ
土手の柿の古木に巣をつくっているのはジョロウグモです。鮮やかな色彩の大形のクモですが、円網を張る種類の中で、晩秋の最も遅い時期まで見られます。クモの仲間は、自然の豊かさを示す生きものなので、出会えると嬉しいです。
ジョロウグモ
草刈り後の枯れ葉の上で翅を広げているのは、ルリタテハです。どうやら、日向ぼっこをしているようです。ルリタテハは、成虫越冬するので、気温が下がってきたら土手の草むらの中に隠れるのでしょう。
ルリタテハ