〔連載〕生きものと歩む “環境農家”の愉しみ 雨上がりのしっとりとした匂いや、赤く染まる夕焼けの色、自分の背丈ほどあるひまわり……。
ふとした瞬間に、自然の中で遊んでいた子どもの頃の記憶がよみがえることはありませんか。子ども時代に、植物や生きものと触れ合った経験は、貴重な思い出となり、その人を形成します。
かけがえのない大切な学びを与えてくれる自然は、案外私たちのすぐそばにあるのです。
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第5回 “感性の栄養”を子どもたちに
ギラギラとした太陽の光が、容赦なく畑に降り注ぎます。真夏の天候は気まぐれで、長く雨が降らないこともありますし、集中豪雨にみまわれることもあります。作物にとっては、一年中で最も過酷な時期なのかもしれません。
ある朝に収穫した夏野菜。実際に採れたのは、写真の倍以上の量だ。夏野菜は、環境が過酷なだけあって冬野菜に比べて愛着が湧く。写真右手に見える山は、比良山地。左手の照葉樹の木々は、神社に連なる奥行きのある森。
こんなときは、“畑の夏休み”と銘打って野良仕事をほどほどにするようにしています。こんなふうに言ってしまうと、団扇片手にのんびりと休憩しているように見えますが、そんな余裕はありません。私には里山昆虫教室という大仕事が待っています。たった2泊3日の合宿なのですが、準備に時間がかかります。おまけに、他県でも似たようなイベントを2個所おこなっているので、8月は、瞬く間に終わってしまうのです。
里山昆虫教室は、20数年以上続いています。開催場所は、琵琶湖の北にある高島市マキノ。マキノには、長年管理している“萌木の国”という雑木林があり、そこが主な舞台。民宿村があって宿を貸し切ります。参加者は、全国から100名くらいやってきます。子どもと保護者という組み合わせがほとんどですが、大人だけの参加者もけっこういます。
「オーレリアンの丘」での散策イベントの一コマ。ここでは自由行動なので、みんな思い思いの場所へ。この日も100名くらいの参加者がいた。現在は、自然の中で親子が触れ合える機会は意外に少ないのかもしれない。
始終、虫とりだけをするのだろうと思われがちですがそうではありません。私たちの主旨は、“小さな生命をとおして里山の自然のことを知ってもらう”ことなのです。
捕まえた生きものは、よく観察してから逃がしても良いし、宿に持って帰ってじっくり眺めていてもかまいません。昆虫や植物の場合は、標本にして保存しても良いです。3日間、絵を描いたり、切り絵を制作したりする人もいます。わからないことは経験のあるスタッフが説明します。
昆虫は、捕獲するとすぐ死んでしまうこともあります。標本にするときは、あえて命を絶たねばなりません。これを残酷な行為と勘違いする人もいます。そういう人は、私が話し相手になります。数の少ない貴重な種類は別ですが、そうでない生きものは、子どもたちが捕獲しても生態系には影響はありません。それより、生命にじっくり触れ合って、“感性の栄養”を受けとってほしいのです。
「言葉にならない感動を自然からいただく」
“感性の栄養”とは、言葉にならない感動を自然からいただくことです。形に残らない感覚なので、即効性はありません。しかし、年月が経過するとともに心のなかで成長し豊かな感性をもたらしてくれます。これは、子どもにとっては食べて栄養をとることと同じくらい大切なことだと思っています。
こんな質問もよく受けます。他の昆虫教室とどこが違うのか。一番大きな違いは、昆虫教室の舞台が、私たちがふだん精魂込めて管理している場所だということでしょう。昆虫「言葉にならない感動を自然からいただく」教室という名前がついていますが、私たちが見せたいのは、里山という環境の豊かさです。
水生昆虫を捕まえようと虫とり網を構える子ども。
最近の子どもたちは、自然から遠のいている、とよく言われます。でもそれは、魅力的な遊び場であった農地が作物を合理的に生産するだけの土地になってしまったからでしょう。私の住んでいる仰木の田園にも、子どもたちの姿はありません。稀に、土手を散策している親子連れに出会いますが、声を掛けると、都市からやってきた、もしくは近郊にあるニュータウンに住んでいる人たちです。きっと農地が身近な自然であることに気づいたのでしょう。
田園で遊ぶ子どもたちを、あちこちで見かけるようになったら、素晴らしいことだと思います。里山で一番の絶滅危惧種は、人間の子どもたち。彼らを呼び戻すことも“環境農家”が目指すところです。
最近、田んぼだったところが畑になることも多い。近くにある畑の一角は、ひまわりの花園になっていた。強烈な日差しを浴びて元気に大輪を太陽に向けている。周囲の田んぼでは、早くもイネが実り始めている。お盆を過ぎると刈り取りの季節がやってくる。
8月・畑の頼れる仲間たち
自宅と畑の間に高さ2メートルくらいの土塁があります。
江戸時代の頃からあったもののようで、風よけなのか地元の人に尋ねてもよくわかりません。この土塁、棚田の風景と同化してとても美しい土手なのです。
8月は斜面の一部にヒメヒオウギズイセンが群生します。鮮やかな橙色の花を咲かせ、キアゲハなどの大型のアゲハチョウがやってきます。
キアゲハ
ルドベキアの花には、オオカマキリがいてこちらを見ていました。
オオカマキリ
モナルダの花にとまっていたのは、水玉模様がシックなゴマダラカミキリ。畑は、夏真っ盛りです。
ゴマダラカミキリ