〔連載〕生きものと歩む “環境農家”の愉しみ 春から夏にかけて勢いよく生えてくる“草”。庭仕事や農作業をするうえでは厄介なものと思う人も多いかもしれません。農家にとって基本の仕事である草刈りは、生きものの命を循環させるという欠かせない工程でもあるのです。すがすがしい夏景色の中、農家と“草”の、実は深いかかわりについて今森光彦さんに語っていただきました。
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第4回 親愛なる野の“草”
梅雨の合間に青空がひろがりました。イネはすくすくと育って、田園は鮮やかな緑色。落水された田んぼには、初夏のころの湿度感はもうありません。
緑の風景がとても美しい仰木の棚田。背後には比良山地が見える。この谷は、日当たりがよく、長年フィールドワークのために通ってきたところで、“光の田園”と名付けた。農作業が一段落する夏の始まりのころは、人の気配がなく静かだ。
畑では、夏野菜が採れています。ナスやオクラは、毎日のように収穫できます。枝豆、キュウリ、モロヘイヤも順調に育っています。ただ、スイカやトマトなどの枝を伸ばしたり地面を這う習性のある野菜は、難航気味。水はけや日照りの影響を受けやすく、気候変動が大きな年は失敗することがあります。プロの農家の人にとっては、ちょっとやりづらい時代かもしれません。
夏野菜の収穫がはじまると、野辺の植物(ここでは“草”と呼ぶことにします)たちも一段と成長が早くなります。
6月ころまではおしとやかだったヨモギやブタクサなどは、急に茎が固くなります。こうした草の多くは、夏の終わりから秋にかけて花を咲かせ種子を実らせる種類で、ギラギラした太陽に身をさらし体を鍛えてゆきます。
このときに油断して畑を放置しておくと、野菜たちは勢いのある草にたちまち包囲されてしまいます。対策としては、畝に生えている草を、かがみ込んで根ごと抜きとってゆくしかありません。畝以外の広い場所は、手ではなく草刈り機を使います。
草刈りは、真夏は避けて、春から初夏にかけてと、秋に行う。草刈り機使用のときは、機械を支える肩掛けベルト、ゴーグル、イヤーマフ、帽子を着用。長靴は、斜面を刈るときは、大きめのサイズを使用すると楽だ。だれにも邪魔されない時間が過ぎてゆく。
地面とにらめっこする草とりや草刈りは、根気がいるうえに地味な作業なので敬遠されがちです。でも実は、一番尊い仕事だと言ってよいでしょう。農家の人は「土台の仕事」だと胸を張って私に言いますが、その通りだと思います。
仰木では、1年に最低5回草刈りをします。こうすることによって土手やあぜが強くなります。草刈りをやめてしまうと、草の背丈が高くなり、草の間隔も広くなって土の中の根が緩くなり、土手が崩れやすくなるのです。
「草刈りは、季節の衣替え」
それともう一つ、この労働は、私にとっては別の価値をもっています。それは、草刈りが、自然を観察したり風景を想像したりする時間でもあるということです。倒れてゆく草を見ながら、今どんな花が咲いているのか、種子はできているのかなどを凝視しています。ショウリョウバッタの幼虫が片隅に飛び跳ねても見逃しません。このように生きものをつぶさに見る一方で、想像力を働かせて草刈り後の風景をいつもイメージしています。
早春から晩秋まで行われる土手やあぜの強制的なリセットは、植物たちにとってはダメージではないかと思いますが、実際はそうではなく、ノアザミもハルノノゲシもリンドウも草刈りのリズムに合わせて花を咲かせます。むしろ、農家の人の営みを楽しみにしているようにさえ見えます。生きものにとって、草刈りは、季節の衣替えとも言えそうです。
このように草刈りは、私にとって大切な仕事なのですが、人の行動と草のライフスタイルの関係には、いつも驚かされます。
秋口「草刈りは、季節の衣替え」に咲くヒガンバナでこんな体験があります。あるとき、農家の人が田んぼの土手の草刈りをしていて、「今日はこのへんでやめて、残りは来週にするかな」と言いながら、下段の土手の草を刈らずに家に帰りました。数日後、草刈りがなされた土手では、ヒガンバナは、待っていたかのように茎を伸ばして真っ赤な花を咲かせました。しかし、下段の土手では茎すら伸びていません。
1週間して、持ち主の手によってやっと下段の草刈りがなされました。するとどうでしょう、その数日後、下段のヒガンバナは急に茎を伸ばしみごとに花を咲かせたのです。ヒガンバナが、まるで農家の人が草刈りをしてくれるのを待っていたかのような出来事。ヒガンバナは人間の言葉がわかるのでは、そう思ったほどです。後に植物の研究者に尋ねてみると、それは、草刈りによって土手の温度が上昇し、それを察知したのだろう、ということでした。
辛いけれど脳を刺激してくれる草刈り仕事、今年もいよいよピークがやってきました。
真夏に向かって元気よく成長するキュウリ。夏野菜は、種から育てたり、苗を植えたり、色々と挑戦したけれど、野良仕事には過酷な時期。刈り取った草は畑を覆う資材として敷き詰める。枯れると土に貼り付いて直射日光を和らげることができる。
7月・畑の頼れる仲間たち
夏になると田畑の環境は次のステージに移行します。
近くの田んぼで誕生した若いアマガエルたちは、土手や畑の方にお引越し。このころは、体が小さくて目だけがくるりとしています。デイリリーの花がお気に入りのようで、顔を出している姿をよく見かけます。
アマガエル
田んぼに舞い降りてくるのは、体の大きなアオサギです。長い首を出して草むらからこちらを観察しています。水が少なくなった田んぼにいるザリガニなどを狙っているのでしょう。
アオサギ
花をつけかけた百日草にとまっていたのは、ツユムシの仲間の幼虫です。初夏のころは何度も脱皮して体が大きく成長する季節ですが、野菜を食べているのは見たことがありません。
ツユムシの仲間の幼虫