3月・白鳳の土
三枝政代(料理家)「この土は白鳳時代の香りがするんです」
長年、懇意にしている陶芸家の川瀬忍氏が見せてくださった器は、薬師寺東堂の基壇(建物を支える土台)の土から作られたものだった。
薬師寺東塔の基壇の土は、赤土と白土、砂と砂利を混ぜた、現代のコンクリートのような組成だったとか。すべてを損なわないように丁寧により分け、土をひたすらのばして「焼締有蓋壺」は作られた。「土に何かを加えようとか、表面に塗ることも一切省いて、作り手の職分である『形』を作らせていただくことにのみ徹した」(川瀬忍氏)。インドネシアの古い更紗がその深遠な趣を一層際立たせる。
建立以来、東堂を支え続けた土は、解体修理の折、そのまま廃棄される可能性もあったという。
およそ千三百年もの昔、白鳳時代に若い娘子(むすめ)たちが祈りを込めながら突いた土。ふたたびの千年先までその命を伝えるために、土の声に素直に耳を傾け、川瀬氏が調えた形のなんと尊いことか。
万葉集巻十六の歌、「勝間田の池は我知る蓮(はちす)無し然(しか)言ふ君が髭無きごとし」――薬師寺の西側に位置する勝間田池の歌を思い浮かべ、この器に大きな蓮を咲かせてみたいと思った。
氏の祈りに、自分の祈りを重ねる。土から生まれた器は、いずれまた土に還る。永遠という言葉が、ふと頭をよぎる。
泥の中から清らかな花を咲かせる蓮だが、その実はさらに神秘的だ。一説には、数千年もの時を経ても発芽するほどの強い生命力を宿しているとも。
三枝政代(さえぐさ・まさよ)
1941年、東京都生まれ。東京藝術大学作曲科卒業。東京・青山で紹介制の料理教室を50年以上開催。四季を大切にした料理としつらいを提案している。Instagram:@msy_foodandhome_design
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