2月・銀の趣
三枝政代(料理家)ある日、いつものように庭を散策していると、踵に「カチリ」と何かが触れた。
それはなんと、亡き父が愛用していた銀の仁丹入れ。失なくしてしまったと、父が諦めかけていた愛用品は、数十年の間、庭の土の中に眠っていたのだ。
お父様が銀座の老舗・宮本商行にオーダーされた仁丹入れ。手のひらに収まるほどの小さな銀のボックスには、さりげなくイニシャルも刻まれている。
丁寧に磨くと、唐草模様のシルバーがしっとりとした輝きを取り戻す。
その掌中の宇宙に、在りし日の父の笑顔が鮮やかに蘇った。
銀は、本当に奥深い色合いを持つ。純銀の誇り高く澄んだ輝きもさることながら、錫すずの放つとろりとした柔らかい風合いも味わいがある。
そして何より、永い年月を経た「いぶし銀」の貫禄には、人生の先輩から励まされる思いがする。
そんな銀のニュアンスを食卓にひとつ加えるだけで、日々の暮らしに穏やかな輝きが差し込んでくるようだ。
それはきっと、過ぎ去りし日々の思い出を優しく照らす光でもあるのだろう。
ひと目見た瞬間に心惹かれた翡翠玉が付いた急須や茶入れ。京都の清課堂の煎茶道具や錫製のアンティークは、惜しげもなく普段使いに。インド生まれのボックスには頻繁に使用するカトラリーを入れ、食卓の横にいつも置いている。
三枝政代(さえぐさ・まさよ)
1941年、東京都生まれ。東京藝術大学作曲科卒業。東京・青山で紹介制の料理教室を50年以上開催。四季を大切にした料理としつらいを提案している。Instagram:@msy_foodandhome_design
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