インテリア

スリップウェアをご存じですか? 日本の民藝運動の原動力にもなった英国ポタリー

英国ポタリーのある暮らし 第1回(全8回) 英国近現代陶芸の礎は、世界中でスペイン風邪が猛威を振るった頃と重なる1920年に、陶芸家のバーナード・リーチと濱田庄司がともに大志を抱いて船で英国へ渡り、東洋式の登り窯を築いたことに始まります。そして、当時二人が研究し再現したスリップウェアは、日本における民藝運動の原動力にもなりました。それから100年、英国は2000以上ものスタジオ・ポタリー(陶芸工房)が存在する欧州随一の陶芸大国に。両国の絆を象徴するスリップウェアを中心に、英国陶芸の今をご紹介します。

日英陶芸の絆のはじまりは、セントアイヴス

セントアイヴス

港町だったセントアイヴスは、アートやクラフトの工房やショップが建ち並ぶ文化的な街に発展した。(撮影/坂田和人)

文/濱田友緒(陶芸家、濱田庄司記念益子参考館 館長)

濱田庄司は「私の仕事は、京都で道を見つけ、英国で始まり、沖縄で学び、益子で育った」と、自らの人生を述懐しています。また、バーナード・リーチは「東洋を女性、西洋を男性として、私の仕事は東洋と西洋を結婚させること」と自らの理念を述べています。

東洋と西洋を股にかけて活躍した二人は、まず1920年に大志を抱き船で渡英し、イギリス最西南端のセントアイヴスにリーチポタリーを築きました。

リーチポタリー

西洋の陶芸の聖地とされるリーチポタリー。(撮影/坂田和人)

2020年にはこのリーチポタリー築窯100年を記念し、益子町やセントアイヴス、その他様々な場所で記念の催事を開催する予定でしたが、予期せぬ感染の事態のため、「益子×セントアイヴス100年祭」と題した益子町での記念事業は、1年順延し感染対策に配慮して2021年に開催しました。

100周年の記念碑

100周年の記念碑が濱田庄司記念益子参考館前に建てられた。下に置いてある「Mashiko 6091 miles」と記された記念碑は、英国のリーチ工房に送られる。

バーナード・リーチは香港で生まれ、エッチングの技術を広める為に来日し、その後日本で陶芸の魅力に触れ陶芸家になりました。東京高等工業学校で窯業を学んでいた濱田庄司は、リーチの陶芸展をしばしば訪れ、西洋と東洋の折衷の表現に魅力を感じていました。

その後、濱田は学校の先輩の河井寬次郎が先に勤めていた京都市陶磁器試験場に入所し、二人で陶芸の研究と制作に没頭しました。そこで濱田は1919年に白樺派の拠点であった我孫子に柳 宗悦とバーナード・リーチを訪ね、すぐに意気投合し親交を結びました。

そして、冒頭でも述べたように、翌年に二人はイギリスへ羽ばたきます。イギリスの古陶スリップウェアに魅せられた二人はその再現をすることから作陶を始めます。

濱田庄司氏とバーナード・リーチ氏

1920年にセントアイヴスで登り窯を築き、作陶を始めた頃の濱田庄司とバーナード・リーチ。イギリスの古陶、スリップウェアに魅せられた二人は、これを復活させるべく試行錯誤を始める。1922年頃の写真。写真提供/益子陶芸美術館

また、濱田はイギリスの作家たちが田舎暮らしで古民家をうまく改装して、豊かな自然の中の健やかな暮らしぶりから健やかな作品が自然に生まれてくる様を見て、帰国後に益子にて「植物が自然に成る様に」自らの仕事も健やかな営みから自然と生まれてくるようにと願います。これは、柳 宗悦と河井寬次郎と濱田庄司が1925年に提唱した民藝の理念とも重なります。

その後、リーチポタリーにはリーチに師事する多くの弟子たちが集い、その弟子たちが独立しイギリスはじめ様々な国で活躍し、リーチポタリーは西洋の陶芸の聖地と目されるようになりました。

セントアイヴスで作陶された二人の代表作

ⓒCrafts Study Centre, University for the Creative Arts, UK.
セントアイヴスで作陶された二人の代表作。右端はリーチ作、スリップウェアのジャグ(1921年)。中央と左は濱田作(写真提供/益子陶芸美術館)。中央は鉄絵壺(1922年、益子陶芸美術館蔵)、左は英国の伝統的な釉薬、ガレナ釉を使った皿(1923年、アベリストゥイス大学美術館蔵)。

また、濱田は益子に拠点を定め、民藝運動の中心的な指導者として、また陶芸家として国内外で旺盛な活動をしました。バーナード・リーチの著書での紹介もあり、濱田は国際的な名声を得ることになり、益子焼も飛躍的な発展を遂げ今では400名を超える陶芸家が集う日本最大の窯業地になりました。

濱田庄司氏とバーナード・リーチ氏

1935年益子の濱田窯にて、バーナード・リーチと濱田庄司。写真提供/Crafts Study Centre, University for the Creative Arts, UK.

濱田とリーチの友情の交流は、二人の没後も発展し繫がります。1995年には孫の私が益子町の使節団の一員としてリーチポタリーやセントアイヴスを訪問し、2008年にはリーチポタリー再建に益子町が多額の寄付金を集め、再建記念祭では私とバーナード・リーチの孫のジョン・リーチ氏とでテープカットを行いました。

濱田友緒さん作陶の湯呑

リーチポタリー築窯100周年を記念して、濱田友緒さんが湯呑100点を作陶した。

益子町が震災で被災した2011年にはリーチポタリーがイギリスでの窓口となり多額の寄付を頂きました。両町の中学生同士の交流も行い、2012年には友好都市となりました。

濱田とリーチの温かい絆は二人の願いの通り、益子とセントアイヴス、日本とイギリス、東洋と西洋の架け橋となり、この先の未来へと続いていくことでしょう。

濱田友緒(陶芸家、濱田庄司記念益子参考館 館長)
1967年、栃木県益子町にて濱田晋作の子、濱田庄司の孫として生まれる。多摩美術大学彫刻科と同大学院美術研究科で彫刻や現代美術を学びながら、濱田窯にて陶芸の修業を行う。国内外の美術館、大学、ギャラリーなどでワークショップや講演会、展覧会を行っている。

『家庭画報』2022年2月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

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