伝統工芸

「パリの息子」と讃えられた髙田賢三さん。輝ける人生、 愛するものと暮らす

髙田賢三が出会った「香川漆芸」第1回(全2回) 日本の漆工芸の雄たる「香川漆芸」。その頂点にある人間国宝・山下義人さんにパリのファッションデザイナー髙田賢三さんが託したのは「日本への憧れ」を美しく象徴化したデザイン。作品名は髙田さんの座右の銘「夢」です。完成を見ることなく旅立たれた髙田さんに向けて山下さんが誓ったのは、香川漆芸の魅力を余すところなく発揮し、日本の工芸に深い尊敬と愛着をお持ちだった髙田さんの強い期待に応えること。髙田賢三さんの輝かしい功績を讃えるとともに、お二人の想いが結晶した作品「夢」をご披露いたします。第2回の記事はこちら>>

世界を席巻した
ファッション界のカリスマ
髙田賢三が出会った「香川漆芸」
──最後の作品──

写真/水島 優

デザイナー
髙田賢三/KENZO TAKADA

兵庫県姫路市生まれ。文化服装学院在学中、装苑賞受賞。卒業後65年に渡仏。70年、パリで初のブティックをオープンし、初のコレクションを発表。欧州の伝統的なクチュール界にあって日本人ならではの感性が光る革新的なコレクションが話題となり、世界的な名声を得る。その後、数々の賞を受賞。2004年アテネ五輪では日本の公式服をデザイン。16年、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュバリエ受勲。20年1月、新ブランド「K三」をパリから世界へ発信。同年春より本企画に着手。

髙田さんのパリのご自宅とアトリエ。

輝ける人生、 愛するものと暮らす

パリ生活55年。フランス人を魅了し、愛された生涯

世界最高峰のデザイナーと誰もが認めた髙田賢三さん。サインを頼まれると必ず書き添える言葉が「夢」。事実、ファッション界で夢を追い続け、夢を叶えた類い稀な才能の持ち主でした。

2020年10月4日、髙田さんの急逝に際し、パリのイダルゴ市長は日本人である彼に対し「パリの街は私たちの息子の死を悼んでいる。悲しみは計り知れない」とコメントを発表。

このことから、髙田さんがいかにパリに根づき、フランス人を魅了していたかがわかります。通常デザイナーは自国で名声を挙げてから、挑戦の意味でパリ・コレクションに参加するのですが、髙田さんは全く違っていました。

東京のアパレルメーカーで仕事をしていたものの、自分のブランドを持つわけではなく無名。1965年パリに渡ってからブティックをオープンし、お披露目のショーを開催。そこから注目を浴び、存在を知られるようになったという、まさしくパリで誕生したデザイナーなのです。

マダムを対象にしたオートクチュールではなく、“今”を生きる若者のためのプレタポルテ(高級既製服)は、たちまち人々を虜にしたのでした。

80年代に発表されたパリ・コレクションから。写真/大石一男

フランス大統領マクロン夫妻が「私たちのスタイルに色彩と自由をもたらしてくれたデザイナーのキャリアに敬意を表します」と哀悼の意を述べたのは、ファッションに楽しさを持ち込んだ髙田さんの功績があったからでした。

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