暮らしのヒント

工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】第8回「私はゴースト。もう会えない(後編)」

43年ぶりに日本に行くマージョリーの気持ちに不安がなかったはずはない。昭和50年といえば、大阪万博が終わって5年。東京は様変わりし、狂乱のバブル時代の黎明期はすでに始まっていた。私は「もちろん。わかります」と大きくうなずいた。ところが、ドクター・ウイリアムスの次の言葉は私をひどく驚かせるものだった。

「もう全部プランを立てて、出発する日も決めていたの。それなのに、あれはいつ頃だったか忘れてしまったけれど、ある日マージョリーが昔の自分の写真をじっと見ていた。若い頃の写真ね。そして、ポツンと呟いた。『老人はゴーストね』って。ゴーストだから日本へ行くのは止めるって急に言い出してね、それで本当に止めてしまった」

この時に私は自分がどんな反応をしたのか憶えていない。なぜなら、「ゴースト」という言葉の意味が、まったくわからなくなってしまったからだ。お化け?幽霊?亡霊?抜け殻?いや、そのどれも違っていた。しかし、誰でも知っている単語だけに、あえて意味を聞くのは躊躇(ためら)われた。おそらく、ドクター・ウイリアムスにも、本当の意味がわからなかったのかもしれない。ましてまだ30代の私は、ただマージョリーが固い覚悟で日本行きをキャンセルしたことしか理解出来なかった。

でも、72歳になった今の私は、彼女の心情を多少は推し量れる。マージョリーは大柄で意志的な顔立ちをした美しい女性だった。その英語を聞けばアッパーミドル・クラスの家に育ったとわかったという。画家として最後までマチスを彷彿させるような絵を描き続けた。豊かな画才を持った女性だったが、イギリスに帰国してから、中央の画壇との関(かかわ)りはなかった。静かな村で平穏な余生を送った。しかし、あの時にドクター・ウイリアムスが見せてくれたマージョリーのスケッチブックを私は今でも忘れない。それは生き生きと躍動するような女性たちのヌード画だったのだ。なんという生命力だろうと感嘆した。80歳を過ぎた女性の枯淡の境地などと言うものではなかった。

マージョリーはもしかして、かつての夫との恋が再燃するのを恐れたのではないだろうか。西脇は詩人としてノーベル賞候補に何度も挙げられた。英文学者としても名を成した。男としての自信に満ちていただろう。なにより、二人はお互いを嫌いになって別れたわけではなかった。マージョリーにとって、戦前の日本は息が詰まるような窮屈な場所だったのだ。今風の表現をするなら、適応障害に苦しんだ。だが、すっかり西洋化して自由になった日本で、ふたたびジュンザブローに愛を告白されたら、自分はそれに応えられるだけの若い肉体を持ってはいない。私はもはやゴーストなのだ。そう気がついて止めたのではないだろうか。

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