美味手帖

「“何もないけれど、どうぞ”といえるのが嬉しかった時代です」江上栄子さん(料理研究家)

本当の豊かさ宿る「昭和遺産」 第8回(全14回) 世の中は、デジタル化、スピード化が急速に進み、私たちの暮らしはますます便利で快適なものになりました。しかし、はたして私たちは幸せを手にすることができたといえるのでしょうか。私たちの暮らしはどこかで、大切なものを置き忘れてしまっていないでしょうか。義理人情に厚く、おせっかいで、濃密な人間関係に支えられた昭和という時代。どこか不器用でアナログな“昭和”を見つめることで、合理性一辺倒ではない、暮らしの豊かさを再発見していきます。前回の記事はこちら>>

懐かしい「昭和遺産」を訪ねて

卵焼き弁当

巨人、大鵬、卵焼き
家庭の味

江上栄子 (江上料理学院院長)

昭和を代表する家庭の味といえば、卵焼きが思い浮かびます。子どもの頃のお弁当に入っていた卵焼きのおいしかったこと。ほんのり甘くて香ばしい卵焼きに、誰もが笑顔になりました。その当時から“物価の優等生”といわれた卵は、家計の強い味方。まさに家庭料理の救世主でした。

卵焼きご馳走の卵焼きはトマト(右)と、穴子煮入り(左)の2種。「日本には季節がありますから、安く出回っている旬の野菜を取り入れます。桜海老や干物、缶詰のかにの身などを加えれば、酒の肴にもなります」。

「どこの家でも鶏を飼っていましたからね。急なお客さまがあっても、たとえ主人の後ろに後輩や部下のかたが何人いらしても、やりくり算段、産みたての温かい卵を握って“何はなくとも卵焼き”が重宝しました。そうしたことに昭和の女性は誇りを持っていましたね。“何もないけれど、どうぞ”といえるのがうれしかった時代です」

割烹着昭和のお母さんといえば、白い割烹着姿。「家庭的な卵焼きには砂糖も醬油も入っていて、3回くらいに分けて流し込めば、誰にでも作ることができます。フッ素樹脂加工の鍋ならもっと簡単に。家庭の料理というのはお代わりができてこそ。少し多めくらいがうれしいですね」。

そう話す江上栄子さんが結婚する際に、日本の料理研究家の草分けであった義母の江上トミさんにアドバイスされたのが「自分の好きなものは作らない」ということ。以来、家族の好きな料理を順番に作ることで、偏りがちな毎日の献立はバラエティ豊かに。食卓にも世代を超えた会話と思いやりが生まれました。

「おじいちゃまの煮物に、そっと隠し包丁を入れるといったことも自然に学びましたね」。昭和の食卓に燦然と輝く卵焼きには、家族への愛情と思いやりの心が込められています。

巨人巨人
昭和36年に川上哲治監督が就任すると長嶋茂雄、王 貞治のON砲が炸裂し日本シリーズを制覇。ジャイアンツ黄金時代の幕開けであった。メンコ撮影協力/駄菓子屋の夢博物館

大鵬大鵬
昭和40年代の高度経済成長期に、庶民に圧倒的人気があるものとして「巨人、大鵬、卵焼き」といわれた。昭和36年に横綱に昇進した大鵬のメンコ。横綱柏戸とともに「柏鵬時代」といわれる黄金時代を築いた。

撮影/大泉省吾 取材・文/瀬川 慧

本誌が考える【昭和遺産】とは、昭和時代に生み出されたもの、もしくは昭和時代に広く一般に親しまれたもので、次世代へ継承したいモノ、コト、場所を指します。

『家庭画報』2020年8月号掲載。

この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

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