エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2026年2月号に掲載された第47回、甲斐みのりさんによるエッセイをお楽しみください。

vol. 47 小豆を煮る母
文・甲斐みのり
高校を卒業して実家を離れるまでの誕生日は、バースデーケーキならぬ“バースデーおはぎ”で、家族に祝ってもらっていた。当時の私は生クリームが食べられず、和菓子に飛びつく子どもだったことと、生まれたのが秋分の日というのが大きな理由だ。それに加えて母が、おはぎにお汁粉に赤飯と、小豆を使った料理が得意ということもある。
誕生日の朝、目覚めてすぐ台所にかけこむと、いつも母は大きな鍋でグツグツと小豆を煮ていた。お昼前には三段重箱いっぱいのおはぎができあがり、みんなで「ハッピーバースデートゥユー」を歌ってから、一度に二つ三つ頰張った。
生クリームを食べられるようになった今も、誕生日には必ず、近所の和菓子店でおはぎを買って小さなロウソクをたてる。そうして火を吹き消しながら心の中で、ありがとうと母に感謝するのだった。
一般的にはケーキで祝うクリスマスや、家族で集まる盆も正月も、親しい人と集うときは無性におはぎが食べたくなる。最近は年間通しておはぎを扱う専門店が増えてきて、季節を問わず食べられるのがありがたい。
実家暮らしの頃は元旦も、起きてすぐに台所へ向かうと、やはり母は小豆を煮ていた。食卓にはすでに、大晦日中に用意していたおせち料理が綺麗に並べられている。鍋の小豆は、初詣から帰ったのち、おやつに味わうお汁粉に仕上がる。
左党の父も、母が作るおはぎとお汁粉は、おかわりするほど気に入っていた。
父が亡くなり初めて迎えた一年前の正月。「今年は何もしなくていい」と、姉の家に母を呼び寄せ、父を偲んで静かに過ごすことにした。おせちに惣菜、取り寄せた料理を囲み、みなで父の思い出を語り合っていたところ、「お父さんも好きだったお汁粉食べようか」と、すくっと母が席を立った。
旅行カバンからゴソゴソと乾物あずきを取り出して、そのまま台所へ。家族のために小豆を煮る母の姿を、私たちのすぐそばで、父も嬉しそうに眺めているような気がした。
甲斐みのりエッセイスト。旅、散歩、手土産、クラシック建築などを主な題材に執筆。近著は『愛しの京都〈純喫茶〉』『東京文学的喫茶』。著書は50冊以上。地方自治体の観光案内冊子の監修も手がけている。
宗家 源 吉兆庵
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