エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2024年8月号に掲載された第44回、岡本真帆さんによるエッセイをお楽しみください。
vol. 44 好きな季節と、不在の和菓子文・岡本真帆私の一番好きな季節は、夏だ。光が強くて、空が他の季節よりも青いこと。立体的な入道雲。蟬の鳴き声が聞こえること。アイスがいつもよりおいしいこと。
おそらく、子供の頃の夏休みのワクワク感が、大人になった今も夏の景色とセットになって思い出されるのだろう。二ヶ月もの長いお休みは、今ではなかなかとることができない。それでも、夏のよく晴れた日の朝、私は窓から見える景色に胸を躍らせている。でもそんな夏の唯一残念なことは、いちご大福が食べられないことだ。
私の一番好きな和菓子は、いちご大福である。真っ白な求肥に包まれたいちご
のシルエット。まるでおくるみの中の赤ちゃんみたいだな、と食べる前から愛おしさが溢れ出す。地元の和菓子屋のいちご大福は餡といちごのバランスが絶妙で、餡の量はそれほど多くない。主役のいちごの爽やかさを引き立てるための量がちょうどいい。一口齧ると、じゅわ、と果汁が溢れ出す。溢れないように、二口目を頰張ると、あっという間にすべて口の中に収まってしまう。果実の甘酸っぱさと、やさしいあんこの甘さ。気持ちがほどけて癒やされる幸せなひとときだ。
そんな幸福の象徴のような和菓子・いちご大福のおいしいシーズンは、12月から5月。夏が始まる少し前にいちごの旬が終わって、いちご大福は店頭に並ばなくなってしまう。私の好きな季節に、好きな和菓子は不在なのだ。夏が来ても、ちょっとだけ寂しい。真夏のクーラーの効いた部屋の中。冷やした麦茶と食べるいちご大福だって、きっとすごくおいしいだろうに。夏と、いちご大福。移ろいゆく日々の中で、ずっと一緒にはいられない。でも、だからこそ、再び巡り会えたときの喜びが増すのかもしれない。より輝いて見えるのかもしれない。
今年もまた、春が過ぎ、夏が始まる。今は遠ざかってしまった、あの白くて甘
い和菓子のことを思い出す。春のこもれびのような嬉しさが包まれているお菓子に、また巡り会いたい。
岡本真帆
歌人・作家。1989年生まれ。歌集に『水上バス浅草行き』、『あかるい花束』(ともにナナロク社)。最新刊に、好きなものを短歌とエッセイで表現した『落雷と祝福』(朝日新聞出版)がある。東京と高知の二拠点生活をしながら、会社員と文筆業を兼業中。
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