名古屋・金沢──おもてなしの総合芸術世界に誇る「料亭物語」料亭は、日本人が大切に育んできた文化や美意識を、五感で体験できる場所。美味なる料理はもちろんのこと、建築や庭園、美術工芸、その土地の歴史までもが、“おもてなし”として融合する総合芸術です。この美しき文化を継承し未来へと繫ぐ、二つの料亭を訪れました。
つば甚──金沢
登録無形文化財「加賀料理」の真髄を味わい、学ぶ
加賀百万石の歴史が育んだ料理・器・もてなしの文化

金時草や五郎島金時など個性ある加賀野菜が、加賀料理を豊かに彩る。手前の「蓮蒸し」は加賀れんこんをすりおろし、つなぎなしでもっちりと蒸し上げた。でんぷん質が多く粘り強い加賀れんこんの特徴を生かした郷土料理。
2025年12月、「加賀料理」が国の登録無形文化財に認定されました。その背景には、加賀藩前田家が、百万石の財力を文化や美術工芸の振興に注いだ歴史があります。武士から町人まで芸事に親しみ、豊富な海山の幸と伝統工芸が響き合うことで、料理、器、もてなしが一体となった食文化が生まれました。その真髄を今に伝えるのが、金沢最古の料亭「つば甚」です。

前田家お抱えの鍔(つば)師であった鍔家3代目・甚兵衛は、鍔師の傍ら藩主や客人をもてなす料理を振る舞い、その評判が広まり、約350年前に料亭として創業しました。以来、時代を彩る多くの賓客を迎え、松尾芭蕉が滞在した「吟風亭」、伊藤博文が『風光第一楼』と愛でた「月の間」など、由緒ある座敷が往時の物語を静かに語り継ぎます。
「月の間」の壁は前田家ゆかりの群青ではなく一段控えめな紅殻色。地袋には主家から賜った帯があしらわれる。随所に前田家との深い縁と心遣いが息づく。17代目女将の鍔裕加里さんは、歴史を大切に守りつつ新風を吹き込んでいる。
つば甚では、加賀料理を代表する一品である治部煮を、江戸時代の加賀藩料理人・舟木伝内の献立帖に伝わる製法で受け継ぎ、専用の治部椀で提供。「一つの料理のためだけに、器がある。それこそ工芸文化の豊かさだと思います」と、総料理長の川村浩司さんは語ります。
左・加賀料理の代表格「治部煮」。鴨肉に金時草やすだれ麩を合わせてとろみをつけ、わさびを添える。専用の「治部椀」は盛りつけが映える広口で浅い作り。塗り直しながら受け継ぐ蒔絵の漆椀が、その美しさをいっそう引き立てる。右・治部煮のとろみづけをする総料理長の川村さん。小麦粉を水で溶いて一晩ねかせたものを使うと、火を通したときにダマにならず、なめらかな口当たりに。舟木伝内が残した献立帖の技が今も実践されている。
輪島塗などの器は誂えてから数十年ねかせたのちに表舞台に出すことも。「器の輝きが料理や建物になじんでいくのです。母も祖母も、そうして器を受け継ぎ、時を重ねてきました」と、鍔家17代目の女将・鍔 裕加里さんは優しく微笑みます。
右・創業以来、大切に収集されてきた九谷焼など、県内ゆかりの器。季節や料理に合わせて使い分ける。左・歴代料理長が残した手書きの献立帖。料理にとどまらず書や絵にも通じた教養の高さが光る。昭和40年頃のもので、前田家が芸事を尊ぶ料理人の感性を育み、文化の土壌が今日まで受け継がれていることを物語る。
料理と器、建築、そしてもてなし。そのすべてが重なり合い、加賀料理の真髄はつば甚という一軒の料亭に今も息づいています。
青手九谷の見事な大皿に盛られた「鯛の唐蒸し」。つば甚では現在も婚礼の席で供される伝統料理。鯛は切腹を連想させる腹開きを避け、武家文化にならい背から開いて卯の花を詰めて蒸し上げる。
伝統に親しみやすく門戸を開いて
つば甚では伝統を守りつつ、その魅力を次世代に伝える取り組みにも力を注ぎます。月に一度開かれる特別なコースでは、総料理長の川村さんが目の前で治部煮を仕上げます。鍋から立ちのぼる湯気、とろみがつく瞬間の繊細な美しさ、普段は厨房で作るものを間近にし、加賀料理の歴史や技を料理人の言葉で直接学べる貴重な機会です。
一方、女将の裕加里さんも、新しい挑戦を続けます。昨年から、朝食のかに粥の提供を始めました。
右・かに粥はその場で炊きたてを提供。贅沢に入ったかにの香りが部屋いっぱいにふわりと立ちのぼる。季節ごとに最良のかにを使う。写真は紅ズワイガニ、11月6日のズワイガニ漁解禁後は香箱ガニに。中・かに粥の2杯目は、しょうがをきかせたかにみそを加え、ひと味違うおいしさを楽しむ。左・かに粥の前に提供されるお膳。だし巻き卵にあおさ餡、鮭の幽庵焼き、自家製のくずし豆腐と塩麴、加賀野菜の焼き浸し。料亭の味を少しずつ堪能できる。
朝の澄んだ空気の中、2階から金沢の街並みを一望しながら、料亭ならではの味と空間を気軽に楽しめる、新しいもてなしが好評を集めています。「料亭は敷居が高いと思われがちですが、スタッフの親しみやすい雰囲気に驚かれます。今度は夜に、両親と一緒に訪れたいといってくださる方も多いのです」と裕加里さん。
大広間の窓からは、かつて前田家の居城だった金沢城跡と兼六園の緑を一望。眼下に犀川が悠々と流れる。この眺めとともに味わうかに粥が、新たな名物となっている。
大切な人をおもてなしする格式高い料亭であると同時に、加賀料理と文化に親しむ入り口として、時代に寄り添いながらその魅力を未来に伝えています。
つば甚
石川県金沢市寺町5−1−8
TEL:076(241)2181
かに粥朝御膳8時~、9時~、10時~、昼御膳12時~/昼会席11時~14時/夜会席17時~21時 完全予約制(部屋はおまかせ。希望がある場合は早めに連絡)
不定休
かに粥朝御膳5280円~、昼御膳6820円~/昼食2万円~/夕食2万7500円~
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