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「父と母、どちらが好きか」と問われた男児の伏見人形。その名回答やいかに?

2019.04.17

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随筆家 大村しげの記憶を辿って 私だけの京都へ 第37回「丹嘉」

随筆家 大村しげの記憶を辿って かつて、京都の「おばんざい」を全国に広めたお一人、随筆家の大村しげさんをご存じでしょうか。彼女が書き残した足跡を訪ねて、生粋の京女が認めた京都の名店や名品を紹介します。記事一覧はこちら>>
京都を旅するにあたり、京都ならではの場所や味に出会うために、私たちはなにを拠り所とすればよいのでしょうか。京都の情報を多数書き残した、随筆家・大村しげさんの記憶は、まさに京都を深く知るための確かな道しるべ。今回も彼女にまつわる名店を辿ります。

大村しげ大村しげ
1918年、京都の仕出し屋の娘として生まれる。1950年前後から文筆をはじめ、1964年に秋山十三子さん、平山千鶴さんとともに朝日新聞京都版にて京都の家庭料理や歳時記を紹介する連載「おばんざい」を開始。これをきっかけに、おばんざいが知れ渡り、大村しげさんも広く知られるようになる。以来、雑誌や著書で料理、歴史、工芸など、幅広く京都の文化について、独特の京ことばで書き残した。1990年代に車いす生活となったのを機にバリ島へ移住。1999年、バリ島で逝去。 撮影/土村清治

もっとも古い郷土玩具といわれる伏見人形


京都の観光名所のなかでも特に大勢の人々が訪れるのが、伏見稲荷大社です。いろいろある伏見の名物のなかでも、伏見人形は古くから愛好家が多いことで知られます。全国の土人形の元祖とされる郷土玩具で、江戸時代後期に最盛期を迎えました。かつては50~60ほどの窯元が伏見街道沿いに並んでいましたが、いま残るのは寛延年間に創業した丹嘉だけです。


随筆家 大村しげの記憶を辿って 私だけの京都へ 第37回「丹嘉」伏見街道沿いに建つ丹嘉。お店の前の道を南へ行くとすぐに伏見稲荷大社です。

 

大村しげさんは、伏見人形にとても愛着を感じ、1974年発行の著書『京の手づくり』(講談社)で、丹嘉6代目の大西重太郎さんから製作の様子や苦労を丁寧に聞き取っています。

男の子が両手に饅頭を持っている理由は?


伏見人形の魅力を紹介する大村しげさんが、好きと書いたのは「饅頭喰い」という名の男の子の人形。京都ではこの人形が和菓子店に飾られているのをときおり見かけます。丹嘉8代目当主の大西貞行さんによると饅頭喰いを飾ると子どもが賢くなると言われているそうです。その理由のわかる大村しげさんの記述を紹介しましょう。

随筆家 大村しげの記憶を辿って 私だけの京都へ 第37回「丹嘉」両手に半分に割ったお饅頭を持った男の子の伏見人形、饅頭喰い(まんじゅうくい)。8寸 1万3500円(税込み)。

「こどもはお饅頭を二つに割って、両手に持っている。おとなが『おとうさんとおかあさんと、どっちが好きか』とたずねたら、こどもはお饅頭を二つに割って、どっちがおいしいかと、問い返したという」(『京 暮らしの彩り』佼成出版社)

「両手に半分ずつお饅を持って、いかにもおとなの愚かさを笑うているように見える。お饅がおんなじ味なら、父母とておんなじことやないか」(『京の手づくり』)

豊かな表情、鮮やかな色彩に注目したい


伏見人形の製作は生地(人形本体)作りと、彩色に大きく分かれます。生地作りは春から夏にかけて行われ、上下、または前後の型をはめ合わせて作られた人形を天日干しのあと、窯で焼く作業です。秋から冬にかけては手塗りで彩色が行われます。現在、丹嘉に残っている土型は2000種ほど。人や七福神、動物などバラエティに富んでいて、いずれも個性豊かな表情、鮮やかな色彩が魅力です。

随筆家 大村しげの記憶を辿って 私だけの京都へ 第37回「丹嘉」工房では、8代目当主の大西貞行さん(写真)と2人の職人が彩色の作業中でした。

「古くから、伏見稲荷にお参りに訪れた全国各地の人たちが買い求めていました。人形のほか土鈴も手がけています。収集している愛好家が多くいらっしゃるほか、なかにはいろいろな招き猫を集めている方が伏見人形の招き猫を買われることも。人気が高いのは金太郎。5月はもちろん、一年を通じて買われる方がいらっしゃいます」(大西さん)

丹嘉の見事な彩色に大村しげさんは魅了されていて、『京の手づくり』では6代目の手がけた歌舞伎の「暫(しばらく)」という人形を例に、きものの柄の表現力を次のように解説しています。
「よっぽど気持を落着けんことには描けない代物である。(中略)抱き鶴の筆の運びには感心する」

とても手の込んだこまやかな工夫


工房に並んでいた立ち雛(お雛さま)の塗りについて教わったところ、その繊細さに驚かされました。金色だけでも3色が使われており、そのうち袖と胸の部分には金色の箔を貼っているという非常に凝った作りです。「手の込んだ大きいものだと一体の彩色で一日かかることもあります」と大西さん。

随筆家 大村しげの記憶を辿って 私だけの京都へ 第37回「丹嘉」立ち雛。男雛は、膠(にかわ)を塗った冠の上に金色の箔が飾り付けられています。

随筆家 大村しげの記憶を辿って 私だけの京都へ 第37回「丹嘉」工房では、たくさんの愛らしい子(ねずみ)たちを見かけました。これらは来年(2020年)のお正月用の見本です。干支の伏見人形は、毎年9月1日から予約の受付が始まります。

随筆家 大村しげの記憶を辿って 私だけの京都へ 第37回「丹嘉」十二支の中でも子(ねずみ)はバリエーション豊富です。

生活の一部だった伏見人形


大村さんの著書によると、京都の旧家では、布袋さんの伏見人形を7年間、年に一体ずつ購入する習慣があるとのこと。毎年、前年よりも大きいものを買い、順に並べていくのですが、7年の間に身内のお葬式があれば打ち切ります。つまり7体揃うことが、長らく不幸がなくておめでたい証しだったわけです。

また、大村さんが愛した菊や柚子の形をした「でんぼ」も代表的な伏見人形です。
「こどもは初午のおみやげに、菊でんぼやら柚子でんぼを買うてもろうた。菊やら柚子の形をしたふた物で、そこへあられやらビスケットを入れてもろうて、だいじに抱えていた」(『京 暮らしの彩り』)
柚子でんぼはいまも人気。商品の性質上、水気のあるものを入れられないのですが、内側に葉蘭などを敷いて、洒落た料理の器として使われることもあるそうです。

随筆家 大村しげの記憶を辿って 私だけの京都へ 第37回「丹嘉」柚子でんぼ。ゆずでんぼではなく、ゆうでんぼと読みます。中サイズ 3000円(税込み)。

素朴さを生かそうとした大村しげさん


さまざまな伏見人形を四季折々の行事に合わせて飾れば、きっと家の中が華やぐはずです。人形の持つ素朴さを好んだ大村さんはケースに入れず、そのまま飾ることを勧めていました。

京都の旅の途中に和菓子店の店頭で、饅頭喰いを見かける機会があるかもしれません。もし、見つけたら、お連れの方に「なぜ、この子はお饅頭を両手に持っているのでしょうか?」なんて問題を出せば、旅が大いに盛り上がることでしょう。

Information

丹嘉(たんか)

京都府京都市東山区本町22丁目504

TEL 075‐561‐1627
営業時間 9時~18時
定休日 日曜・祝日

http://www.tanka.co.jp/

    川田剛史/Tsuyoshi Kawata

    フリーライター
    京都生まれ、京都育ち。ファッション誌編集部勤務を経てフリーライターとなり、主にファッション、ライフスタイル分野で執筆を行う。近年は自身の故郷の文化、習慣を調べるなか、大村しげさんの記述にある名店・名所の現状調査、当時の関係者への聞き取りを始める。2年超の調査を経て、2018年2月に大村しげさんの功績の再評価を目的にしたwebサイトをスタートした。
    http://oomurashige.com/
    取材・文/川田剛史 撮影/舟田知史(トライアウト)
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