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京女も料理人も愛用 美味しさアップの粉末とは?

随筆家 大村しげの記憶を辿って 私だけの京都へ 第13回 田邊屋

おばんざいの大村しげの記憶を辿って 第13回 田邊屋

かつて、京都の「おばんざい」を全国に広めたお一人、随筆家の大村しげさんをご存じでしょうか。彼女の生誕100年となる今年、書き残された足跡を訪ねて、生粋の京女が認めた京都の名店や名所を紹介します。

大村しげ大村しげ
1918年、京都の仕出し屋の娘として生まれる。1950年前後から文筆をはじめ、1964年に秋山十三子さん、平山千鶴さんとともに朝日新聞京都版にて京都の家庭料理や歳時記を紹介する連載「おばんざい」を開始。これをきっかけに、おばんざいが知れ渡り、大村しげさんも広く知られるようになる。以来、雑誌や著書で料理、歴史、工芸など、幅広く京都の文化について、独特の京ことばで書き残した。1990年代に車いす生活となったのを機にバリ島へ移住。1999年、バリ島で逝去。(写真提供/鈴木靖峯さん)

おばんざいの正しい意味をご存じですか?

いまでは当たり前になった「おばんざい」の言葉が、世に広まったのは大村さんと仲間の女性2人が集まって、朝日新聞京都版で始めた連載「おばんざい」がきっかけでした。江戸後期には『年中番菜録』なる料理本が書かれており、おばんざいがその語のかな表記であることがわかります(※)。番茶・番傘などと同じで、お番菜の番とは日常のもの。つまり、日々の家庭のおかずを意味しているのです。おばんざいと聞くと大皿に盛られた居酒屋の料理をイメージされる方も多いのではないでしょうか。言葉が普及する一方で時間の流れとともに、解釈があいまいになり、現在の状況が生まれたわけです。※お晩菜、お飯菜の表記も一部にあり。

昔の名前は具足小路だった錦市場

大村しげさんのおばんざいの拠り所だったのが、京都の台所・錦市場です。約390m続く市場には120を超える(2018年6月時点)お店が軒を連ねています。市場は大村しげさんの自宅から徒歩圏内にあり、彼女の生活の一部となっていました。

おばんざいの大村しげの記憶を辿って 第13回 田邊屋

おばんざいの食材は、何軒ものゆきつけで揃えられ、著書『京の食べもの歳時記』(中央公論社)を読むと、各店の持ち味を確かな舌でしっかりと把握していたことがうかがえます。

はるか昔、錦市場はきれいな場所ではなかったため、具足小路や、屎(くそ)小路と呼ばれていました。それが帝の仰せにより、錦小路と名を改めた説話が『宇治拾遺物語』のなかにあると大村さんが『京の食べもの歳時記』の中で紹介しています。また、錦小路は地下水に恵まれていたことから「お魚を貯蔵するのにつごうがよかったからやろう。室町中期には、もう魚市ができたという。そして、江戸期に入って盛んになり」(『京の食べもの歳時記』)と歴史についても記述しました。

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