〔特集〕エレガントな美食を究めて50年 「中国飯店」が愛される理由 日中国交正常化から間もない1975年、東京・六本木にひっそりと誕生した「中国飯店」。20代で上海から来日し、たゆまぬ努力で50年の歴史を紡いできたのが創業者・中条富造さん。今や国内に11店舗を擁する中国料理レストランの一大グループへと成長し、熱烈なファンは政財界、文壇、芸能、スポーツ各界にも広がっています。長く、深く愛され続ける秘密を、中条さんへのインタビューと、親交の深い方々のお話から紐解きます。
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ゆかりの方々に聞きました
私が愛する「中国飯店」
辻井いつ子さん(ピアニスト辻井伸行さん母)
撮影/塔下智士
[中国飯店に通い始めたきっかけ]
食べ歩きが大好きな主人に「ここはおいしいから」と結婚前に六本木の「中国飯店」に連れて行ってもらったのが始まりです。
[特に魅力を感じるところ]
他店とは比べられないくらいおいしいこと。そしてお店の皆様が温かく、きめ細やかに対応してくださることです。
[特に好きな料理]
上海蟹は絶対「富麗華」でいただきます。蟹に目がないので、シーズンになると蟹尽くしでもいいくらい。むいて出してくださるのもこちらならではです。また、「才巻海老の湯葉巻き揚げ」は前菜でシャンパンと楽しむのも好きです。ほかにも「黒酢の酢豚」や「フカヒレ」など、きりがありません。
[特に思い出深いエピソード]
我が家は大人と一緒にお行儀よく食事ができるようになるまでは外食に連れて行かない方針でしたので、伸行と初めて中国飯店を訪ねたのは5歳ぐらいのときでした。北京ダックを人生で初めて味わったのもこちら。とても長いおつきあいになりました。音楽家のご子息(チェリストの中条誠一さん)と伸行が同じ年で、同じ音楽家でもあるので親しみを感じています。中条さんを通じてたくさんの方々との出会いをいただき、いつも幸せな時間を過ごしています。
中井貴一さん(俳優)
撮影/細野晋司
[中国飯店に通い始めたきっかけ]20代の前半、先輩方に連れて行っていただいたのがきっかけです。私は当時同輩より、粋な先輩方とご一緒させていただく機会が多く、「中国飯店」をはじめ、多くの素敵なレストランの味を教えていただきました。
[特に魅力を感じるところ]とにかく、味。中国料理でありながら、日本料理が持つ繊細さを組み合わせたような品のよい料理に仕上げてあるところでしょうか。
[特に好きな料理]何でも美味。「上海蟹」のように特別なものでなくても、「餃子」、「小籠包」、「黒酢の酢豚」、前菜の「叉焼」なども最高です。
熟練の焼物師が専用窯で焼き上げる「叉焼」(奥)。もっちりした皮からジューシーな肉汁が溢れる上海点心師による「焼き餃子」(手前)。
[特に思い出深いエピソード]高倉 健さんとご一緒させていただいていました。初めての上海蟹の季節、高倉さんご自身の言葉「苦手だから食べない……」には驚きました。皆さんに、上海蟹を食べさせたいという思いだけで、セッティングされたのだと。創業者の中条さんと、高倉さんは盟友でしたから、中国での撮影の話などもよく伺っていました。
松岡修造さん(スポーツキャスター)
[中国飯店に通い始めたきっかけ]まだ僕が小さかった頃、父に連れられて訪れたのが始まりです。「中国飯店」が創業した当時から家族で通い続け、今では「富麗華」に足を運ぶことが一番多いですね。
[特に魅力を感じるところ]最大の魅力は、中条さんご一家のおもてなしです。その温かさと細やかさは、まるでご家族が奏でる音楽のよう。実際にご家族で演奏会を開かれることもあり、音楽と料理、そして空間が一体となって響き合う、唯一無二の空気感があります。僕にとって中国飯店は「家族の絆が深まる場所」。大切な節目には、必ずこの場所で、心を一つにしてきました。
[特に好きな料理]正直にいうと……全部です。でも、ただ「料理が好き」というだけではありません。僕は中条さんご一家の“人間味”を、料理を通じて味わいに行っています。
[特に思い出深いエピソード]ある日、中条さんが何げなく話してくださったエピソードが忘れられません。夜遅くまでお仕事をされているなかでも、ご自身のお子さんの受験願書を出すために、夜明け前から並び、一番に受け付けをすまされたそうです。「自分にできることは、これくらいしかないから」と、静かにおっしゃっていましたが、その行動と想いに、父親としての覚悟と愛情を感じ、心が震えました。
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