〔特集〕エレガントな美食を究めて50年 「中国飯店」が愛される理由 日中国交正常化から間もない1975年、東京・六本木にひっそりと誕生した「中国飯店」。20代で上海から来日し、たゆまぬ努力で50年の歴史を紡いできたのが創業者・中条富造さん。今や国内に11店舗を擁する中国料理レストランの一大グループへと成長し、熱烈なファンは政財界、文壇、芸能、スポーツ各界にも広がっています。長く、深く愛され続ける秘密を、中条さんへのインタビューと、親交の深い方々のお話から紐解きます。
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「心を込めて50年 日々進化するおもてなしを」───創業者・中条富造さん
グループの旗艦店である「富麗華」の1階フロアでは、北京ダックの仕上げのデモンストレーションが。美しい手さばきで皮を薄く剝ぎ、甘味噌やきゅうりなどと一緒にクレープ状の生地で巻き上げる。
「中国飯店」は、わずか7人のスタッフでスタートしました。私は経営者としての仕事の傍ら、毎朝、築地に買い出しに行き、調理場では皿洗いや下ごしらえ。料理店の仕事は初めてで日本語もままならないなか、スタッフにも頑張ってもらって、一日も休まずに早朝から深夜まで働きづめでしたね。当時は、お客さんが利用しやすいよう明け方の4時まで営業していて、重労働でしたけど、これが中国飯店の強みとなって集客に結びついたのはうれしいことでした。
「富麗華」のスタッフが集合。現在は全グループで500名近くのスタッフが店を支える。
最初はお客さんに知られていないから、どうすれば足を向けてくださるか、来てくださったお客さんにはどうすれば喜んでもらえるか ── とにかく料理がおいしいことと、店が清潔で、居心地がよいことをモットーに、こうすればもっとよくなるだろうか、楽しんでもらえるだろうかと、考えられることはすべてやってきましたね。50年たった今も、このスピリットは大事にしています。
東麻布の「富麗華」の店内。中条さんが長年かけて中国で蒐集した数々の骨董や工芸品が店に風格を与えている。
私は料理人ではないので自分で料理を作ることはできません。でも、生まれた環境に恵まれていたこともあって食べ物の味に敏感で、繊細さを追求する性分でした。若い頃は音楽の道を志した身で、その世界にいると、細部のちょっとしたことにも気がついてしまうんです。
料理についていえば「炒めすぎないようにして、材料の色を生かしましょう」「塩分は少し抑えたほうがいいですね」「フカヒレのスープの色をもう少し薄くすれば、もっときれい」。料理のチーフにいろいろ提案するんです。この店の味を担っているのはチーフだから、もちろん敬意を持って、こちらは謙虚に頼むんです。お客さんのために少しでもおいしいもの、食べやすいものをお出ししたいという一念で。でもね、そうやって中国飯店オリジナルの名物料理が、たくさん生まれたと思います。
レジェンド・メニュー(1) 「北京ダック」中国本土では肉もともに供する店が多いなか、パリパリの香ばしい皮だけを薄く剝ぎ、贅沢に食べるのが「中国飯店」流。皮の厚い北京種を専用窯でゆっくり焼き、油をかけながら照りと香ばしさを出す。クレープ生地も工夫を重ね、冷めてもしっとり柔らかさを保つレシピに。具材は「分量のバランスがとても重要」と、中条さんの考える理想の形に仕立ててくれる。
レジェンド・メニュー(2) 「上海名物黒酢の酢豚」日本でおなじみのケチャップ味の赤い酢豚は広東料理。中国飯店では野菜が入らず、豚肉のみの真っ黒な上海流酢豚。当地の伝統料理「骨付きスペアリブの黒酢煮込み」を、食べやすいように骨を除き、脂と赤身のバランスがよく肉質が柔らかい肩ロースに部位を変更して酢豚仕立てにした。香りのよい黒酢、砂糖、醬油でたれを、下味にはカレー粉も少々。高温で二度揚げした肉の表面はカリカリで、中はジューシーな、オリジナリティの高い逸品。
お客さんの縁が繫いでくださり、たくさんの顧客に支えられて今の中国飯店グループはあります。なかでも心の支えとなったのは、俳優の高倉 健さん。オープンして間もない赤字続きの頃にふらりと来店されて、以降、生涯にわたって贔屓(ひいき)にしてくれました。
高倉 健さんとは「中国飯店」の開業から間もない中条さん26歳のときからのおつきあい。当時の六本木店での思い出の一枚。(写真は中条富造さん提供)
「こつこつと働いておいしいものを作り続ければ、お店は必ず繁盛する。楽してはいけないよ」。店が軌道にのってからも「初心の頃の苦しみを忘れちゃいけない」と何度も叱咤され、陰に陽に手を差し伸べてくれました。日本には「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」という諺がありますが、健さんの姿勢そのもの。謙虚で、心を尽くして事にあたる。健さんに倣って私も信条にしています。
2024年、代表権は娘に譲りましたが、この店は苦労して生み、育てた子どもと同じ。顔を見たくて、空気を吸いたくて、毎日店舗を回る日々です。料理にもサービスにもきめ細かな心遣いをもって、志高くおもてなしの輪を広げていきたいと思っています。
「中国飯店」50年の歩み
1975年 「中国飯店」六本木店開業
1979年 「中国飯店」三田店開業
1988年 「中国飯店」市ヶ谷店開業
2000年 東麻布に旗艦店となる「富麗華」開業
2003年 汐留に「潮夢来」開業
2010年 東麻布にチャイナバル「紫玉蘭」開業
2012年 田町に「倶楽湾」開業
2012年 パレスホテル東京に「琥珀宮」開業
2017年 名古屋ミッドランドスクエアに「麗穂」開業
2024年 名古屋中日ビルに「春秋」開業
2024年 軽井沢に「麗晶」開業
2025年 「中国飯店」50周年、「富麗華」25周年を迎える
※2025年9月現在、11店舗を展開

2025年7月、「中国飯店」50周年&「富麗華」25周年を祝うパーティではご一家で演奏を披露。富造さんと次女の理恵さん、長男の誠一さんの奥様・沙祈子さんはバイオリン、富造さんの奥様・麗子さんはフルート、誠一さんはチェロ、長女の正恵さんはピアノを担当した。息の合ったパフォーマンスに万雷の拍手が。(写真2点とも中条富造さん提供)
中条富造さん(なかじょう・とみぞう)1950年、上海生まれ。裕福な少年時代を過ごすも文化大革命で辛酸をなめ、1972 年の日中国交正常化を機に来日。先に貿易会社を起こしていた父親のもとで「中国飯店」経営者として歩み出す。日本に帰化し、名前を徐から中条に改める。
富麗華東京都港区東麻布3-7-5
TEL:03(5561)7788
営業時間:11時30分~15時、17時30分~22時
無休
(次回に続く。
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