連載
2018/11/09
「大村しげ先生には大変、お世話になりました」と初代店主の信樂充男さん。信樂さんは鞍馬寺管長の親族で、若い頃に仏門に入るも、自分らしく生きたいと還俗し、雍州路を開店したのです。当初は甘酒とコーヒーなどを提供する茶店としてスタートし、一人で仕事をこなす日々だったとのこと。
「開店後しばらくして、お店を訪れた大村先生と民芸のお話で意気投合しました。『母親の温もりを感じられる食事なら、お客さんに喜んでもらえる』との先生の勧めもあり、山菜のおばんざいを手がけるようになったのです」(信樂充男さん)。
当初、鰹で出汁をとるなど、一般的な手法で作られていた雍州路の山菜料理は、お店が30数年前に鞍馬寺御用達のなったのを機に精進料理へと移り変わりました。
現在も山菜を生かした料理が主役。精進料理(セット)は全3種類あります。写真は「精進料理 花」2160円(税込み)。麦ごはん、和え物、汁、山菜とろろ汁、胡麻豆腐、山菜白和え、こんにゃくの刺身、香物、ほか一品(取材時は生麩の佃煮)の構成です。
まずは汁物から。と、口に含んで驚くのは味の豊かさ。精進物だけで取られた出汁とは思えない深みがありました。また、麦ごはんの風味は素朴で、手作りの温もりがたっぷり。大村さんが「麦ご飯が、ほんまにおいしい」(『とっておきの京都』)と書いたのもうなずけます。使用する山菜や食材は時季によって変わり、取材時にはわらび、しめじ、えのき、にんじん、こんにゃく、なめこ、ぜんまいなどが用いられていました。
信樂充男さんのお嬢さんで、現店主を務めるのが信樂有里さんです。有里さんはお店を継ぐにあたり、京都の名門料理学校・大和学園に1年間、通いました。顔なじみのうえ、大村さんの住まいと学校が目と鼻の先だったため、有里さんは時折、学校帰りに大村さんの家に立ち寄って楽しくおしゃべりを楽しんだそう。
「とても親しみやすい方でした。当時、大村しげ先生とお友達であると話すと『どうして、そんな有名な方と?!』と学校で、とても驚かれましたね(笑)」(有里さん)
コーヒー(税込み500円)とほうじ番茶。食事や喫茶の際、ほうじ番茶は、無料で出されます。
そんな有里さん自慢の一品が、食事に合わせて出すほうじ番茶です。炭火で焙じた茶葉を鞍馬寺の井戸から汲んだ観音水でいれています。お店の案内によれば、このほうじ番茶には滋養強壮、毒素を取るといった効果があるといわれているそう。体に優しい精進料理と、まろやかなほうじ番茶を前に「お寺では心を、雍州路では体を癒してほしいと考えています」と有里さん。
もうひとつ忘れてならないのが、コーヒーです。こちらも大村さんが愛した逸品。著書『美味しいもんばなし』(鎌倉書房)で「ご飯のあとは、ちょっと間をおいてからコーヒーをたのむ。水がよろしいのやからコーヒーもソフトである」と紹介していました。
大村しげさんは、著書『ほっこり京ぐらし』、『美味しいもんばなし』などで雍州路のほかに地元の木の芽炊きや、よもぎ餅を挙げながら、鞍馬を「味の散歩道」と評しました。紅葉の季節には特に多くの観光客が訪れる鞍馬。もし、訪れることがあったなら、鞍馬寺門前の美味しい精進料理で日々の疲れを癒してください。
京都生まれ、京都育ち。ファッション誌編集部勤務を経てフリーライターとなり、主にファッション、ライフスタイル分野で執筆を行う。近年は自身の故郷の文化、習慣を調べるなか、大村しげさんの記述にある名店・名所の現状調査、当時の関係者への聞き取りを始める。2年超の調査を経て、2018年2月に大村しげさんの功績の再評価を目的にしたwebサイトをスタートした。
http://oomurashige.com/
第1回 「末富」 3代目 山口富蔵さん
第2回 「京料理ちもと」店主 松井明太さん、女将 松井 薫さん
第3回 「田丸弥」当主 吉田達生さん
第4回 「いづう」店主 佐々木勝悟さん
第5回 「麩嘉」店主 小堀周一郎さん
第6回 「川端道喜」
第7回 「くらま辻井」店主 辻井浩志さん、大女将 辻井康江さん
第10回 「鳴海餅本店」
第11回 バリ島特別編 1
第12回 バリ島特別編 2
第13回 「田邊屋」
第14回 「浅井長楽園」
第15回 「三木鶏卵」
第16回 「紅葉庵」
第17回 「局屋立春」
第18回 「三條本家みすや針」
第19回 「中村軒」
第20回 「嘯月」
第21回 「先斗町駿河屋」
第22回 「志ば久」
取材・文/川田剛史 撮影/中村光明(トライアウト)
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