荒巻朋熙選手(4年)──「給水は笑顔で」
昨年11月、原監督がキーマンとして名前を挙げたのが荒巻朋熙選手(4年)でした。「100回大会のとき、下馬評では駒澤大学が優勝といわれていたのを、1区の彼の魂の走りが優勝に導いてくれたからね」。原監督の妻で寮母の美穂さんも「日常のことをきっちりできる子は駅伝力も高い。荒巻くんは『まだ掃除してたの』と驚くくらい丁寧。それは競技力に表れていると思う」と高く評価していました。
荒巻選手自身も「毎年秋に故障していたんですが、今年は故障なく、夏から練習を継続できている。2、4区はエース区間、3区はコース的に僕じゃないと思うんですけど、往路の主要区間を走るつもりで練習しています」と意気込みを語っていました。
12月29日の区間エントリーで、2年前と同じ1区に荒巻選手の名前を見たときは、原監督が「魂の走り」を期待しているなと納得。それだけに、2日の朝、荒巻選手が走らないと知ったときは驚き、「大晦日に胃腸炎になり、38.8度の高熱が出たため」との理由に彼の無念を思いました。
しかし、荒巻選手最後の箱根駅伝は、それで終わりではありませんでした。1月3日、8区の10km地点、塩出選手(4年)に笑顔で給水ボトルを渡し、グータッチをする荒巻選手の姿があったのです。塩出選手は「一番精神的にきついなか、給水を申し出てくれて。『めっちゃいいペースできてるから』といってもらって元気が出ました」といいます。
大会後、荒巻選手に「笑顔で給水していましたね」と声をかけると、「これだけ仲間が頑張ってくれているんで、悔しい顔なんてできないなと思って。鳥健(鳥井健太選手・3年)が代わってくれて、最後ちょっとだけ走れました。よかったです、このチームで本当に」。目に涙をためつつ笑顔で話してくれた荒巻選手。春からは一般企業で新生活をスタートさせます。
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*主将、主務等の役職は第102回箱根駅伝当時のものです。
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