
切望していたメダルに0.06秒届かなかった決勝レースの直後。村竹選手はトラックに仰向けになり、両手で顔を覆いました。その後、立ち上がるとスタンドを見上げ、胸の前で手を合わせて詫びるように頭を下げると、取材エリアへ。階段を上り始めたときには軽く微笑んでいるようにも見えましたが、テレビのインタビューが始まると様子が一変しました。
「何がいけなかったのかと思って。何が間違ってたんだろうなって」と苦しい胸の内を吐露し、大号泣。その姿にどれだけの人が心を揺さぶられたことでしょう。
今季、村竹ラシッド選手は絶好調。ダイヤモンドリーグ(陸上競技の最高カテゴリーの大会で、世界各地で全15戦開催)で2度表彰台に立ち、初のファイナルにも進出。8月16日の「アスリート・ナイト・ゲームズ・イン福井」では自身と泉谷駿介選手が持っていた日本記録を0秒12更新する12秒92で優勝。これはアジア歴代2位、今季世界2位の好タイムです。それだけに本人のメダル獲得への自信も周囲の期待も大きく、落胆も大きなものとなりました。
村竹選手を本誌・家庭画報が取材したのは6月の終わり。順天堂大学の同期で親しい三浦龍司選手(今大会、男子3000メートル障害物で8位入賞)と一緒だったこともあってか、最初からリラックスした様子で取材に応じてくれました。印象に残ったのは、素直でコミュニケーション力が高く、サービス精神が旺盛なこと。飾らない言葉で場を和ませ、盛り上げてくれました。
卒業後も練習拠点としている順天堂大学のさくらキャンパスについて尋ねると、「周りに何もないんで、誘惑がないというか。大学時代は本当に退屈だったんですけど、今思うと、競技に真剣に打ち込める環境だなって」と23歳の若者らしい素直なコメント。
「陸上愛は強い?」という問いには、「本当に申しわけないんですけど、運動はそもそもそんなに好きじゃないんです」という一言でその場にいた一同を驚かせ、「疲れるから。もちろん陸上は好きですけど、『陸上愛』を問われると、ちょっと自信がない……」と続けて、笑いを誘いました。
再び、皆をびっくりさせたのが、理想の睡眠時間の話。三浦選手が理想も実際の睡眠時間も7時間半と話した後で、村竹選手は「理想は二度寝を含めて半日ですね。夜0時に寝たとしたら、翌日ベッドを出るのは昼の12時とか。休日は結構そんな日が多いです」と回答。
長時間睡眠の理由を尋ねると、「いや、もうなんか体が動かないんですよ。疲れているのかわかんないですけど、起きる気力がなくて、寝ているしかない。とにかく寝た方が元気になります」と答えた村竹選手。明るく話す彼の言葉を、そのときは半信半疑で聞いていましたが、決勝後のインタビューで絞り出すように語られた「パリ五輪が終わってからの1年間、本当にメダルを取ってやるんだと思って、ずっと練習を積み重ねてきた」「今までこんなに何か1つの物事に打ち込めたことはなかった」などの言葉を聞き、腑に落ちました。
ハードな練習で自分を追い込み、休日は疲れた心身を回復させるため、ひたすら眠る日々。命を削るようにして挑んだ大会だっただけあって、メダルに届かなかったという結果に打ちひしがれ、囲み取材での記者たちの質問にも、なかなか言葉が出てきませんでした。重い空気がようやく少し和らいだのは、話がレース前のポーズに及んだときです。
パリ五輪の決勝で見せた「ジョジョ立ち」(人気マンガ『ジョジョの奇妙な冒険』に登場するキャラクターたちが取る独特なポーズ)が話題になって以来、村竹選手はレース前のポーズも注目の的。大会前は「決勝に行ったらやります」と予告していましたが、満員のスタンドを見て、「盛り上がるかと思って」と急遽予定を前倒し。予選と準決勝でも披露し、観客を大いに楽しませました。そうしたポーズは「自分にとって大舞台を楽しむおまじないの1つ」と話し、「皆も楽しんでくれたからよかったかな。また決勝に行ってやります」と笑顔を見せました。
最後に「何年かかっても、この足が許す限りメダルを狙い続けたい」と強い覚悟を語った村竹選手。「自分のために泣くことはまずない」と話した涙を、次はぜひ、念願のメダルを胸に、歓喜の笑顔とともに、見せてほしいものです。
撮影/鍋島徳恭 取材・文/清水千佳子