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佐賀藩主で知られる名字「鍋島」。「御館の森」という発祥の地があります

2026.10.14

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墨アート製作/越智まみ

名字の世界 姓氏研究家の森岡 浩さんが日本人の名字を紹介します。あなたの意外なルーツが分かるかも?知れば知るほど面白い、名字の世界をお届けします。連載一覧はこちら>>

鍋島(なべしま)

「鍋島」と聞くと、佐賀藩主鍋島家を思い浮かべる人が多いと思います。江戸時代を通じて35万7000石という大大名ですし、「薩長土肥」という言葉があるように、明治維新の際には新政府側の有力大名の1つでした。

この鍋島氏のルーツは地名です。ルーツとなったのは肥前国佐嘉郡鍋島、現在の佐賀県佐賀市郊外の鍋島地区です。

JR長崎本線佐賀駅の隣駅は鍋島駅といいます。ここから北に向かって広がる地域が鍋島地区で、その畑の一角に木の茂っている場所があります。ここは「御館(おたち)の森」と言われ、鍋島家発祥の地として知られています。


鍋島家発祥の地として知られる、御館の森。

鍋島家発祥の地として知られる、御館の森。

鍋島氏は宇多源氏佐々木氏の末裔という南北朝時代の長岡伊勢守経秀(宗元)が祖とみられています。この経秀が山城国から下向して館を構えた場所が「御館の森」で、やがて龍造寺氏に仕え、佐賀郡本庄村(現在の佐賀市本庄町)に転じました。その後、直茂のときに龍造寺隆信家臣団の筆頭の地位に昇ります。

天正12年(1584)に龍造寺隆信が戦死すると、跡を継いだ政家は政治を鍋島直茂にまかせてしまいます。すると、九州を制圧した豊臣秀吉も現状を追認して鍋島直茂に肥前を実質的に支配させました。

関ヶ原合戦で直茂は東軍に属して本領安堵され、まもなく龍造寺本家が断絶すると、以後は名実ともに佐賀藩主となったのです。

因みに、江戸時代には「殿様と同じ名字はなのらない」という暗黙の了解があるため、佐賀県には「鍋島」は多くありません。ではどこに多いかというと、最多は高知県です。高知県では四万十市に鍋島地名があり、長宗我部氏の家臣にも鍋島氏がいました。

・ほかの名字の由来も読む>>
森岡浩/Hiroshi Morioka
姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。

墨アート製作 書家・越智まみ(https://esprit-de-mami.com/)

写真提供/森岡 浩

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