毎日の中にある小さな幸せに誰もが気づける世界が理想
塩沼 羽生さんは五輪連覇されて歴史に名を残す存在なわけですが、そこまで辿り着くために何かを犠牲にしてきたと思いますか?
羽生 う~ん、正直そう思っていた時はあったかもしれません。競技時代、どれだけ自分を絞りきれるか、追い込めるかと考えて、幸せから遠ざかろうとしていた時期がありました。特別に嬉しい感情を手にするためには、その前につらい思いを享受しなければならない、それが喜びを手にする対価なのではないかと考えていたんです。17~18年の平昌五輪前後に一番強くそう思っていました。その時摑めなかったら一生巡ってこないチャンスがオリンピックなのに、その直前に怪我をしてしまって。本当にきつかった。今これだけ苦しんでいるのだから、後できっといいことが起きるはず、と信じて自分を鼓舞していたのかもしれないですね。勝敗から解き放たれた今は、幸せでいてもいいんだと思えるようになれました。本当に最近のことですが。
塩沼 光と影ですね。頭一つ抜け出したいなら、ある程度辛抱して何かを犠牲にせざるをえない時期がどの世界にもありますよね。
羽生 犠牲と呼ぶか、糧と呼ぶか⋯⋯。
塩沼 そういうことですね。同級生たちが青春を謳歌していた頃、自分は365日お寺の生活で。夜空の星に向かい「私が一番幸せ」といいながら、山道を歩いていました。その頃を思い出すと、今も涙がこぼれます。つらいこと、苦しいこと、悔しいことがたくさんありました。でも自分がなりたい50代、60代、70代を思い描いて、環境を恨まず、誰のことも恨まず、ここまでやってこられたからこそ、今、世界中のお坊さんの中で自分が一番幸せなのでは?と思えるんですよね。羽生さんはこの先どのような自分でありたい? どんな世界が理想だと思いますか?
羽生 今31歳の自分としては、まずは平穏な日々を過ごせたら⋯⋯。そこに尽きる気がしています。現在の大変な世界情勢下で僕が物申すのはおこがましいのですが、皆さんそれぞれにとってのほんの小さな幸せに気づける世界であったらいいなと願っています。それが生きる希望、力になると思うので。
塩沼 そのとおりですね。これだけSNSで世界が繫がっているのだから、みんなで助け合って生きていこうよ、というマインドが広がってくれたらいいのに。とはいえ、SNSは逆に働くリスクもあるので、自我と我欲を少しずつ抑える意識を持つ修行が、世界中で必要不可欠だと思っています。
大阿闍梨を椅子に乗せ、ハイスピードでくるくる回っていた羽生さん。「『大丈夫ですか?』と優しく聞かれた時、王子様だと思いました(笑)」と大阿闍梨。
羽生 自我と我欲を抑える意識、とても大事ですよね。今日阿闍梨さんとお話しさせていただきながら考えていたのですが、皆さんの人生に、ヤマ場であるそれぞれの千日回峰行は存在するけれども、それ以外の毎日も世界、社会の中で修行を続けていくのが人間という存在なんだ、それが生きるということなんだと、改めて理解することができました。
塩沼 地球という修行道場ですね(笑)。
羽生 お寺だったりして。もしかしたら宇宙全体がお寺なのかもしれませんよ(笑)。
塩沼 地球寺、宇宙寺を大切に受け継いでいくためにも因果律を忘れず、小さな幸せに目を向けて日々の修行に臨んでいきましょう。
塩沼大阿闍梨から羽生さんへ
優しい表情の羽生さんを見て、嬉しくなりました。今現在、ご自分の役割を全うされているからこその、充実したお顔なのですね。語られる言葉もさらに深みが増し、頼もしい限りです
羽生さんから塩沼大阿闍梨へ
阿闍梨さんのお経をお聞きするたび、いつも幸福度が上がるのですが、今回も心が洗われる思いでした。世界平和を強く願われる阿闍梨さんのお声とお言葉が、世界中の方々にまっすぐ響きますように
(次回へ続く。)
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