名字の世界 姓氏研究家の森岡 浩さんが日本人の名字を紹介します。あなたの意外なルーツが分かるかも?知れば知るほど面白い、名字の世界をお届けします。
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明智(あけち)
「明智」といえばまず思い浮かべるのが明智光秀でしょう。光秀は美濃国(岐阜県)の出身で、清和源氏の土岐氏の出とされています。
では明智とはどこかと岐阜県の地図を見ると、2箇所にあることがわかります。鉄道の駅も、名鉄広見線の明智駅(可児市)と明知鉄道の明智駅(恵那市)の2つあり、かなり離れています。
名古屋鉄道広見線の明智駅。
光秀の出た明智氏の名字の地は、美濃国可児郡明智荘、現在の可児市の明智です。恵那市の明智はかつては「明知」と書き、この付近の有力大名だった遠山氏一族の明知遠山氏がいました。
明智氏は清和源氏の名門土岐氏の庶流です。東美濃の有力一族だったとみられ、斎藤道三の娘で織田信長に嫁した帰蝶の生母は明智氏の出ともいわれています。
そして明智光秀はこの一族と思われるのですが、残念ながら光秀以前は系図が各種ありよくわかっていません。
またその前半生も、美濃の内乱で明智城を追われて越前の朝倉義景を頼り、10年ほど称念寺で過ごしたとされています。
後に、越前を訪れていた足利義昭に仕え、永禄11年(1568)には義昭を奉じて細川藤孝とともに織田信長のもとを訪れています。以後、光秀は歴史の表舞台に登場、やがて信長の家臣となって頭角を現していきました。
実は明智光秀は、生年についても複数の説があります。かつては信長より6歳若い天文9年(1540)生まれといわれていました。しかし、近年では享禄元年(1528)生まれという説が一般的で、これだと信長より6歳年上となります。 さらにもう一回り上の永正13年(1516)生まれという説も出てきており、この新説に従うと信長より18歳も年上で、本能寺の変の際には67歳(数え年)という当時としてはかなりの老人となります。
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森岡浩/Hiroshi Morioka姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。
墨アート製作 書家・越智まみ(
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