“デラシネ”中谷さんの豊かなオーストリア生活
──結婚を機に、一年の半分ほどをオーストリアで暮らすようになった中谷さん。エッセイを通じてそのことを知った五木さんが海外生活について尋ねます。五木 長くウィーンにいらして、生活はかなりウィーン風に変わりましたか。
中谷 私も、五木さんがよくおっしゃる“デラシネ”、根なし草でございまして、流されるままに、オーストリアに参りました。10年も経ちますと、日本の文化や植物が恋しくなりまして、紅葉やヤマアジサイなど、日本の植物を少しずつ植えたりしています。梅も、一重の品種は見つからなかったのですが、八重の梅を見つけて植えることができました。
五木 日本人はどうも、ライフスタイルのすべてを外国風にしてしまうのにはちょっと、とたじろぐところがありますよね。
中谷 はい。お抹茶を点てたり、器や昆布を日本から持ち込んだり。日本のものが増えていく一方で、根なし草なものですから、あちらのスタイルも取り入れています。日本でしたら空間を生かすお花のいけ方をすると思うのですが、お花を束にして空間を消すようないけ方も、少しずつ好きになり始めています。
五木 ホームシックにはならないですか。
中谷 お食事はやはり日本がいいですね。あとは引き算の美学と申しますか、桂離宮のような日本の建築を見ると心が安らぎます。ウィーンの街はバロックや新古典主義、アールヌーヴォー、さらにはザハ・ハディドの現代建築など、さまざまな建築様式が入り乱れていて、少しごちゃごちゃしていますので。日本に帰ってくると、東京はまた別として、金沢でも京都でも奈良でも、とても落ち着きます。
五木 ウィーンというと、クラシックなイメージを持っている人が多い気がするけど、僕は前衛都市というイメージのほうが強いんですよ。ウィーンの歴史のあるカフェに行ったとき、レーニンもフロイトもここでコーヒーを飲みながら新聞を読んでたんだな、と感慨深かったですね。美術も、オーストリアの画家というのは、今でもすごくモダンで新しい感じがします。
中谷 (グスタフ・)クリムトやエゴン・シーレ、オスカー・ココシュカもそうでしょうか。
五木 僕は昔からそういった画家たちを、よく本の表紙に使わせてもらっていた。中谷さんは住まわれてみて、いかがですか。今のウィーンは。
中谷 オーストリアの方は日本人と極めて近い、相手の気持ちを推し量ることができる人種だと感じています。重い荷物を持ってバスに乗ろうとすると、男女問わず、手伝ってくださるし、路面電車に乗るために走っていると、降りてきたお客様がドアを押さえて待っていてくださったり。お財布も必ず戻ってきます。うっかり落としたら、拾って追いかけてきてくださるんですよ。
五木 なるほど、それはいいなあ。古き良きヨーロッパが生きているんですね。
・中編へ続く
五木寛之( いつき・ひろゆき)1932年福岡県生まれ。子ども時代を日本統治下の朝鮮で過ごす。早稲田大学ロシア文学科中退。1966年「さらばモスクワ愚連隊」で作家デビュー。1967年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞受賞。代表作に『青春の門』『親鸞』(ともに講談社)など。最新作は『大河の一滴 最終章』(幻冬舎)。日本芸術院会員。
中谷美紀( なかたに・みき)1976年東京都生まれ。1993年に俳優デビュー。映画『嫌われ松子の一生』(2006年)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。初舞台『猟銃』(2011年)で紀伊國屋演劇賞個人賞などを受賞。2016年、2023年の再演も好評を博す。最新刊は『大草原の小さな農家』(幻冬舎文庫)。
中谷さんが人生の指針とする五木さんのご著書
『林住期』五木寛之 著 幻冬舎文庫
(次回へ続く。
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