〔特別対談〕五木寛之(作家)×中谷美紀(俳優) 人生の指針──心の赴くままに(前編) 作家歴60年の五木寛之さんが、これまでに対談された人数は新聞や雑誌に掲載された分だけで、なんと約700人。そんな対談の達人、五木さんと今回相対したのは、旅行記やエッセイの執筆もされる、俳優の中谷美紀さんです。自らの心に忠実に生きるお二人には共通する清々しさがありました。
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文壇の重鎮が徹底分析。中谷さんの文章は油絵的?
五木さんのことは「先生」ではなく「五木さん」と呼ぶのがお約束と聞き、恐縮していた中谷さんだったが、対談は終始和やかな雰囲気で進行。話が弾み、予定時間を遥かに超えて続いた。
──対談の前に行われた撮影中、五木さんが口にされた「座り方にはドイツ風とフランス風がある」という興味深い言葉。対談はその続きから始まりました。五木寛之さん(以下、五木) これはもともと騎兵隊の馬の乗り方が由来ですね。ドイツ風は胸を張って直立した姿勢で乗り、フランス風は猫背気味に体を丸めて乗る。だから、行進のときなんかはドイツ風のほうがずっと立派なんですよ。威風堂々って感じでね。ところが実際の戦闘になると、フランス風は体を柔らかく構えてるから、塹壕(ざんごう)を飛び越えたりしても落馬しない。これは車にも通じる話で、ドイツのメルセデス(・ベンツ)なんかは胸を張ってハンドルを握るように造られていて、フランスのシトロエンやルノーはちょっと前かがみのリラックスした姿勢で運転するようになっているんです。シートの形や操作機器の位置が。
中谷美紀さん(以下、中谷) 日産のような日本車はどちらなんでしょう。
五木 日本は中間かな。座り方も同様で、ドイツ風にシャキッと座る人と、フランス風に体を緩めて座る人がいる。中谷さんはオーストリアでドイツ語の習得に苦心されていることなどをご本に書かれていたので、どうかなと思いながら見ていましたけど、日本的ですね。威儀を正して相手を威圧することもなく、といって、猫のようにぐにゃっと座ってるわけでもなく。ちょうどいいところで。
中谷 ありがとうございます。
五木 そういうのは文章にも出るんですよ。日本の女性エッセイストでは向田邦子さん。大変優れた才能の持ち主ですが、中谷さんのスタイルはあの方よりはややドイツ寄りですね。やや、ですけど(笑)。
中谷 硬いということでしょうか。
五木 いや、向田作品の醍醐味は日常の小さな心のやり取りとか、人間を描くことにあるんですが、あなたは論理的な文体に特徴がありますから。そういう意味です。
中谷 生意気なことで、恐れ入ります。まさか五木さんにお読みいただけることが、この人生であると思っていなかったものですから、ドキドキしております。
「中谷さんが書く文章は“息が長い”。油絵のようで面白いですね」──五木
五木 今回、僕はあなたのご本を何冊か読ませていただいて、ちょっと反省したところもあるんですよ。といいますのは、中谷さんの書かれる文章は“息が長い”んです。幻冬舎文庫は一行40字ほどで、僕は大体一文が二行、長くて三行なんだけど、あなたのは長いと七、八行もある。それでいて、途中で呼吸困難にならずに読めるのは(笑)、言葉を積み上げて形をしっかり組み上げていくドイツ風の構築的な文章だからだと思いますね。
中谷 おそらくドイツ文学を読んで育ったからなのだと思います。ゲーテは少々難しかったのですが。
五木 なるほど。昔は、「とにかく短く、動詞を大事に、形容詞は少なく」などと文章の研鑽に励んだものですが、しっかり構築された長い文章には油絵のような良さがありますね。ですから、中谷さんの文章はちょっと油絵っぽい感じかな。日本的な「全部言葉にしなくてもわかるでしょう」みたいな文体じゃなくて、ちゃんと言葉を積み上げている。すごく面白いと思いました。
中谷 ありがとうございます。今後はもう少し言葉を慎みたいと思います。
五木 今のままがいいんじゃないですか。それがあなたの個性なんだから。水中に長く潜っていられる人と、すぐ顔を水面に出してしまう人といるけど、あなたは前者で、持久力があるんでしょうね。短い文章は、親子の関係や父親の思い出などをさらっと書くにはすごくいいんだけども、世界情勢に触れたり、人間の根源について考えたりするときは、油絵的にしっかり書かないと、表現できないように思いますから。
中谷 個人的には水墨画のほうが好きで、牧谿(もっけい)の「瀟湘八景図(しょうしょうはっけいず) 」のような、線が描いてあるのかないのかわからないような、そういったものに憧れるのですが。
五木 なるほど。でも、あなたの文体はそういう東洋的なものじゃなくて、いうなれば、印象派の絵ぐらいの感じですよね。人にはそれぞれ、一番のびのびと書ける長さというのがあるんで、あなたの場合、一行40字で五行から七行ぐらいと呼吸が長い。
中谷 すっかり分析されてしまいました。でも、時代の流れには合いませんね。
五木 いや、時代はむしろそちらのほうを向いていると思いますよ。構造的な文章が求められている傾向がありますから。