〔特集〕歌舞伎新ジェネレーション 染(市川染五郎)・團(市川團子)・辰(尾上辰之助)の時代、始まる 歌舞伎ファンが今、三人の若きスターに注目しています。市川染五郎さん21歳、市川團子さん22歳、そして尾上辰之助さん20歳。“染・團・辰”と呼ばれ、2026年5月には、それぞれ大きな舞台に挑み喝采を浴びた三人の、これまで歩んできた道のりと、この先に広がるであろう輝かしい可能性に迫ります。
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染五郎×團子×辰之助同世代トーク
手を携えて次へ、未来へ【前編】
市川染五郎(いちかわ・そめごろう)2005年3月27日生まれ。父は松本幸四郎、祖父は松本白鸚。2007年6月歌舞伎座『侠客春雨傘(きょうかくはるさめがさ)』で初お目見得。2009年6月歌舞伎座『門出祝寿連獅子(かどんでいおうことぶきれんじし)』童後に孫獅子の精で初舞台。2018年1月・2月歌舞伎座『勧進帳』源義経ほかで八代目市川染五郎を襲名。2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の木曽義高や、配信ドラマ『人間標本』でも話題を集める。若き日の長谷川平蔵を演じる『鬼平犯科帳 本所の銕』は2026年7月10日からTOHOシネマズ日比谷ほか全国でロードショー予定。
市川團子(いちかわ・だんこ)2004年1月16日生まれ。父は市川中車、祖父は市川猿翁。2012年6・7月新橋演舞場『ヤマトタケル』のワカタケルで五代目市川團子を名のり初舞台。2024年に新橋演舞場、御園座、大阪松竹座、博多座でスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』にてヤマトタケルを勤めた。現在、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に森乱役で出演中。2026年10月16日~18日に京都芸術劇場 春秋座での「第三回市川團子 新翔 春秋会」にて『正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)』『鷺娘(さぎむすめ)』『紅葉傘絲錦色木 善知鳥(もみじがさいとのにしきぎ うとう)』に出演。
尾上辰之助(おのえ・たつのすけ)2006年1月20日生まれ。父は尾上松緑、祖父は初代尾上辰之助。2009年10月歌舞伎座『音羽嶽(おとわがたけ)だんまり』の稚児音若で藤間大河の名で初お目見得。2014年6月歌舞伎座『倭仮名在原系図(やまとがなありわらけいず) 蘭平物狂(らんぺいものぐるい)』の一子繁蔵で三代目尾上左近を名のり初舞台。2026年5月歌舞伎座にて『寿曽我対面』曽我五郎、『鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき) 菊畑』奴虎蔵実は源牛若丸で三代目尾上辰之助を襲名。歌舞伎『刀剣乱舞』や『歌舞伎交響曲第急番 エヴァンゲリオン』でも人気を集める。
市川染五郎さん(以下、染五郎) 最近は、たまに三人で食事に行くようになったね。2026年1月の大河(辰之助さん)の二十歳のお誕生会も、当日に三人でやったし。
尾上辰之助さん(以下、辰之助) そんなときも結局、僕たちは歌舞伎の話しかしていないんです。あれがやりたいとか、これがやりたいとか。
市川團子さん(以下、團子) “三人でやりたい芝居の話をしている”というと、必ず何の演目ですか?と聞かれるけれど……。
染五郎 いっぱいあるけれど、それをいってしまうと実現したときに“夢が叶ったね!”と変な先入観を持たれてしまいそうなので……。
辰之助 そこは、ちょっと内緒で。
團子 僕と染五郎さんの初共演は国立劇場でお父様の幸四郎さん(当時染五郎)が『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』をされたときの胡蝶。小4と小3かな。
辰之助 僕が染五郎さんを初めて意識したのは尾上左近としての初舞台の直前、歌舞伎座での俳優祭(歌舞伎・新派の俳優によって数年に一度開催されるチャリティイベント)での『鈴ヶ森(すずがもり)(錦繡雲駕(にしきのくもかご))』。
染五郎 普段は大人がやる役を、僕が白井権八、辰之助くんが幡随院長兵衛でやらせていただいて。でも、絡む場面は終盤だけだったので、お稽古は主にそれぞれの父親から個別にしてもらっていました。
2014年俳優祭『鈴ヶ森』。染五郎さん(当時松本金太郎)の白井権八と辰之助さん(当時藤間大河)の幡随院長兵衛。(©日本俳優協会 撮影/田口真佐美)
辰之助 大人になって久しぶりに共演したのは『(妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)の)吉野川』かな?
2024年9月歌舞伎座『妹背山婦女庭訓 吉野川』。川を隔てて思い合う、染五郎さんの久我之助(右)と辰之助さん(当時左近)の雛鳥(左)。(©松竹)
染五郎 敵対する家同士の物語で川を隔てていたので、がっつりした絡みはなかったですね。辰之助くんとの共演で思い浮かぶのは昨年の『(菅原伝授手習鑑の)車引(くるまびき)』。團子くんとは『蝶道行(ちょうのみちゆき)』ですね。
團子 あとはやっぱり“弥次喜多(やじきた)(東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ))”です。2016年から2022年まで毎年、8月の納涼歌舞伎で一緒に出演していました。
染五郎 “弥次喜多”では、役者としていろいろなことを勉強しなくちゃいけない時期に、たくさんの経験をさせていただいて。
團子 多感な時期にね。初めての宙乗りも“弥次喜多”じゃない?
染五郎 本水での立廻りとか、早替りとか、いろいろな要素が詰め込まれていたからね。
2016年8月歌舞伎座『東海道中膝栗毛』。染五郎さん(左・当時松本金太郎)の梵太郎と團子さん(右)の政之助。(©松竹 撮影/福田尚武)