名字の世界 姓氏研究家の森岡 浩さんが日本人の名字を紹介します。あなたの意外なルーツが分かるかも?知れば知るほど面白い、名字の世界をお届けします。
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難読名字:朽木(くつき、大多数はくちき)
「朽木」という名字の方にあったことがあるでしょうか。名字ランキングでは5000位以内と普通の名字の範疇で、東北や富山県に多くあります。
現在ではその多くが「くちき」と読むのですが、本来は「くつき」と読んで中世から続く名家でした。
朽木氏のルーツは滋賀県にあります。
宇多源氏佐々木氏の一族である佐々木信綱が、承久の乱の恩賞として近江国高島郡朽木荘(現在の滋賀県高島市)の地頭職を得、曽孫義綱のときに朽木荘に移り住んで朽木氏を称したのが祖です。この地名が「くつき」と読むため、朽木氏も「くつき」と読みました。
朽木は若狭と京都を結ぶ交通の要所でもあり、朽木氏はここを本拠として鎌倉時代には12ヶ国16ヶ所もに所領を持つ有力一族でした。
朽木氏は南北朝時代は足利尊氏に従い、室町時代には幕府の御家人となりました。
戦国時代初期に三好元長が京都に侵入すると、都を追われた12代将軍足利義晴は朽木稙綱のもとに逃れるなど、朽木氏はこの地域の有力氏族だったのです。さらに、稙綱の子晴綱は、三好長慶に京を追放された13代将軍足利義輝を朽木谷に迎え8年間庇護しています。
その後は浅井氏に従っていたのですが、織田信長が越前の朝倉氏を攻めた際、浅井長政の離反で窮地に陥った信長を援け、以後は信長に仕えました。
信長の死後は豊臣秀吉に仕えます。関ヶ原合戦では元綱は当初西軍に属していましたが、のち東軍に転じて子孫は交代寄合(最も家格の高い旗本)となっています。また、元綱の三男稙綱は徳川家光に仕えて出世し、子孫は丹波福知山藩主となった他、一族は多くの藩に藩士として仕えました。
なお、現在では98%以上が「くちき」と読みます。
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森岡浩/Hiroshi Morioka姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。
墨アート製作 書家・越智まみ(
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