今月の著者 鳥山まことさん
一軒の家に積み重なった記憶を時間軸を超えて読み解く
2025年に発表した『時の家』で、第47回野間文芸新人賞、翌2026年に第174回芥川賞を受賞した鳥山まことさん。同一作品でのダブル受賞は史上初の快挙で、大きな話題となっています。作家業と、もとからの職業である一級建築士としての仕事を両立し、生まれたばかりのお子さんの子育てにも奔走する多忙な鳥山さんに、お話を伺うことができました。
本書の舞台は、一軒の家。ともに建築士である鳥山さんと奥様とで自宅を設計し、建てたことから着想を得たといいます。
「自宅を建築している間、週に1回は現場に立ち会っていました。それがとても面白かったのですが、家が建ち上がってしまうと見えなくなってしまうことや、忘れてしまいそうなことがたくさんありました。それらを記憶として残しておきたいという思いが、この作品を書くきっかけとなりました」

物語は、今は空き家になってしまった古い家の中とそれを囲む庭のみで展開します。場所の移動がほとんどない代わりに、時間軸が頻繁に移動するという独創的な小説です。家の設計者であり最初の住人である男性、次に塾を営みながら暮らした女性、最後に住んだカップルと、この家に住んだ人々が刻んだ記憶と、子どもの頃に設計者の男性を訪ねてときどきこの家で過ごした青年の思い出が、時間を超えて、間断なく折り重なるように記述されます。
「自宅にはまだ住み始めたばかりですが、建った瞬間から10〜20年住んでいるような感覚がありました。生きている限り一緒に暮らす家だと思えるほど、自分にとって大切なものです。そうしたことから、家というものが、一つの“存在”だととらえられると考えるようになりました。人と人との間にある記憶と同じように、家と人との間にある記憶もまた、積み重なっていくでしょう。そんなことを想像しながら、小説に落とし込んでいきました」
ところどころに、“垂木(たるき)”など、建築の専門用語が登場するのも、本書の特徴です。
「あまり意識していなかったのですが、“途中で読書を止めて、調べながら読んだ”という指摘を受けて気づきました。私自身は、たとえばまったく知らない薬品の名前がそのまま記述されている医療がテーマの小説など、専門性の高い世界観が好きなんですね。本当のことが書かれているという信頼がおけますし、そこに描かれている世界を、より濃密に感じ取れるような気がします」
鳥山さんは大学と大学院で建築を学び、作家として大きな賞を受賞後も、建築と執筆の両立を続けていくといいます。そもそも建築を志した理由は、どういったところにあるのでしょうか。
「家というものに対する思いが、無意識のうちに強かったようです。リフォームする前の祖母の家の、縁側の床がたわむ感じ。そこを歩いたり走ったりしたときの足の裏の感覚を、いまだに覚えています。どなたにも、家というものに対するそうした思い出があるのではないでしょうか。本書を読んで、そうした記憶を呼び起こしていただけたら嬉しいです」
鳥山まこと( とりやま・まこと)1992年兵庫県宝塚市生まれ。明石市在住。京都府立大学生命環境学部卒業、九州大学大学院人間環境学府空間システム専攻修士課程修了。一級建築士として勤務しながら、2023年「あるもの」で第29回三田文學新人賞を受賞しデビュー。自著についてなどのエッセイをnote(
https://note.com/joyous_eagle940)に記載。
『時の家』
鳥山まこと 著 講談社 2090円
「売家」の看板が掲げられたままの一軒の空き家。そこで過ごした思い出をもつ青年が、塀を越えて家の中に忍び込み、家の内部を詳細にスケッチしていく。その時間の流れと、この家に暮らした3代の住人たちの記憶や感情が境界なく折り重なり、重厚な物語が立ち上がる。一軒の家をめぐる、まったく新しい“建築文学”。