遠州茶道宗家・若宗匠、小堀宗以さんと学ぶ 京都・大徳寺での4年間の修行を終え、実家である遠州茶道宗家に戻られた小堀宗以さん。若宗匠の歩みを追う連載の5回目では、灰と炭の基本について学びます。
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第5回 灰と炭に向き合う
小堀宗以(こぼり・そうい)1997年に遠州茶道宗家十三世家元長男として生まれる。大学卒業後、大徳寺龍光院で1年間修行。小堀月浦和尚に「宗以」の号を授かる。翌年、僧堂に掛塔し3年間修行。2024年より、遠州茶道宗家若宗匠として活躍。
小間・成趣庵(じょうしゅあん)にて、風炉の灰形をつくる若宗匠。暑さに向かいはじめる初風炉の季節は、素焼きの陶器に黒漆を塗って磨き上げた「真の土風炉(どぶろ)」を用いる。五徳の手前の綺麗な“一文字”は、遠州流茶道ならでは。右手には“湿し灰”が入った焙烙(ほうろく)が。
「灰と炭」は、茶の湯の根幹を支える存在です。湯加減は何よりも大切であり、それを担うのが炭火です。お茶事ではまず炭点前を行い、会席が終わり濃茶が始まる頃に、ちょうどよく湯が沸くように整えます。湯は沸きすぎても足りなくてもいけない。その間合いを読むことに、亭主の力量が問われます。
炭取(すみとり)。左から順に、羽箒(はぼうき)、香合、炭、火箸と釜環(かまかん)。羽箒には、羽軸の右側がふくらんだ「右羽(みぎは)」と、左側がふくらんだ「左羽(ひだりば)」があり、ふくらんでいる側を炭取の内側に向けてのせる。そのため、使う羽箒の種類によって炭の配置が変わる。
その炭の働きを支えているのが灰です。風炉の中にあらかじめ形づくられた灰形(はいがた)は、火の回りを助ける実用性と美しさを兼ね備えています。五徳の手前にすっと通る遠州流茶道ならではの「一文字」、奥に広がるやわらかな曲線。直線と曲線が一つの風炉に収まる景色に、妙味があります。見えにくい部分も丁寧に整えること自体がもてなしの心であり、空間全体の品格を支えます。
五徳の手前に一直線に積み上げた灰に前瓦を据えた部分を若宗匠が灰箒で掃き、前瓦の出方を決めているところ。
遠州流では、長い年月をかけて育てた「湿灰(しめしばい)」を用います。湿り気を帯びた灰が風炉の中で次第に乾いていく、その色や質感の変化もまた一興で、灰にも一つのいのちが宿っていることを感じます。
風炉の中の下火。
炭点前の折、仄暗い茶室で釜を上げると、真っ赤な下火が現れます。その火が徐々に枝炭や輪炭へ移っていく様子には、静かな時間の流れと自然の奥床しさが感じられます。
炭は自然の賜物です。ときに火が思うようにつかないこともありますが、その多くは焦りなど心の乱れによるものです。火に向き合うことは、自身の在り方を映すことでもあると感じております。
灰と炭はいずれも、お客様の目には触れにくい部分です。しかし、見えないところに心を尽くすことこそ、真のおもてなしの心ではないでしょうか。使うごとに消えていく炭に思いを寄せるひとときには、何ともいえぬ豊かさがあります。消えゆくものの儚さを愛でることこそが日本文化の本質であり、おもてなしの原点ではないでしょうか。 (談)
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