名字の世界 姓氏研究家の森岡 浩さんが日本人の名字を紹介します。あなたの意外なルーツが分かるかも?知れば知るほど面白い、名字の世界をお届けします。
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島津(しまづ)
「島津」といえばみなさんご存じの薩摩の大大名の名字です。鎌倉時代から幕末まで500年以上にわたって、今の鹿児島県とその周辺を一貫して支配してきました。
さて、ルーツとなった「島津」という地名は実は宮崎県にあります。『延喜式』に見える西海道島津駅で、現在の宮崎県都城市と考えられています。
また、島津家の祖忠久には源頼朝の隠し子であるという伝説があります。同家の家譜には祖忠久は源頼朝と丹後内侍(丹後局)の間に生まれた子と書かれており、この説は江戸時代に幕府が編纂した『寛政重修諸家譜』でも採用されています。
しかし、当時の記録には惟宗忠久と書かれており、実際は忠久は近衛家領だった島津荘を管理する下司(げし)をつとめた惟宗広言の子でした。
島津荘は薩摩国・大隅国・日向国にまたがる国内最大の広大な荘園で、平安時代後期に平季基が「無主荒野之地」を開発して藤原頼通に寄進し成立したものでした。そして、その荘園が藤原氏嫡流の近衛家に受け継がれ、現地で管理していた惟宗忠久が荘園名から「島津」と名乗ったのです。
鎌倉時代になると薩摩・大隅・日向3か国の守護となり、以後所領の変遷はあるものの、幕末まで今の鹿児島県と宮崎県都城市付近を支配し続けたのです。
因みに、島津氏は信濃国(現在の長野県)、越前国(現在の福井県)、伊賀国(現在の三重県)、讃岐国(現在の香川県)などにも所領を得ており、各地で広がりました。なかでも信濃の島津氏は戦国時代まで同地の有力氏族として続いています。
現在は沖縄を除いて全国にまんべんなく広がっていますが、鹿児島県ではあまり多くありません。これは、殿様と同じ名字を名乗ることができるのは一族だけという暗黙の決まりによるものです。
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森岡浩/Hiroshi Morioka姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。
墨アート製作 書家・越智まみ(
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