人の欠点は美点と隣りあわせ
人には誰しも欠点があるものです。
もし完全無欠で欠点のない人がいたとしたら、その欠点のなさが、最大の欠点になるかもしれません。
欠点の不思議なところは、本人がそのことをあまり意識していないところにあります。そして、そういう人に対しては、まわりの人たちは、あえて忠告したり指摘したりはしません。
そのために、一生ずっと自分の欠点を意識しないままに過ごす人もいるかもしれない。
有能な女性の唯一の欠点?
わかりやすい個人の欠点の一つを考えてみましょう。
私が若い頃に働いていた業界の専門誌がありました。月刊誌ではありますが、薄っぺらな、本当に吹けば飛ぶような雑誌でした。
社長と、編集長の私と、それに経理から雑務までなんでもこなす女性。
三人だけで成り立っている雑誌です。きまった広告があるのでなんとかやっていけるので、スポンサーが降りたら、即廃刊まちがいなしのミニコミです。
経理兼、事務兼、渉外係のその女性は、二十代後半でしたが本当に役に立つスタッフでした。
銀行との交渉もやれば、進んで掃除やお茶くみもやる。清潔感があり、いそがしいときは残業もいとわず頑張って働く。
大企業に就職したらたちまち役員の秘書かなにかに抜擢されそうな女性で、私はひそかに尊敬していました。しかし、彼女には一つだけ、欠点ともいえないような性癖があり、そのことが絶えず気になっていたのです。
それは見方によっては欠点ではないかもしれないし、視点をかえれば長所といえるかもしれない微妙な傾向です。
私は何度か、その事を直接に彼女に忠告しようと考えたことがありました。その問題さえなければ、と、ひそかに思っていたのは、社長も同様だったようです。
それは、彼女が余りにも気が付きすぎる、ということ。しかも、それをストレートに指摘する感受性が呆れるくらいに正しい。
たとえば前の晩に徹夜をして、なんとか定時に出社すると、顔を見た瞬間に、
「顔色わるいわね。大丈夫?」
「いや、ゆうべちょっと──」
「お薬、飲みます?」
「睡眠不足なだけだから大丈夫」
「あらあら、そのYシャツ、きのうのままでしょ。ボタンもとれかかってるみたい。つくろってあげましょう」
「きょうは印刷所で仕事だから平気」
「あ、そうそう、例の東西運輸の広告だけど、誤植直したつもりだったのに、直ってないみたい。見せる前に直しておかないと大変よ」
「わかった。丁寧にチェックしたつもりだったんだけどなあ」
朝、はじめて顔を合わせたと同時に、次から次へと問題続出。
せめて一日のはじまりくらいは気楽な話題からスタートしたいのに、といつも思ったものでした。
目端(めはし)がきくというか、要するにマイナス面に超敏感に目がいくタイプなのです。
私がちょっとちがう事を言うと、打てば響くように即座に訂正するし、社長の話でも、
「それはハンガリーじゃなくってボスニアです」
と、容赦がない。
「ん? まあ、あの辺の国ってことだよ」
と、社長も鼻白むことがたびたびありました。
思い切って忠告するも……
べつに本人に悪気は全然ないのです。ただまちがってることに対して、それを見すごすことが生理的にできない性格の持主なのではないでしょうか。
私はいい加減な人間なので、大筋さえまちがってなければ、適当にやりすごすことが多い。それは無責任な態度かもしれませんが、世の中、いちいち正確さだけにこだわって生きていけるわけではない、という気もするのです。
「朝、はじめて顔を合わせたときぐらい、気楽な話題から始めたほうがいいと思うよ」と、いちどアドバイスしたことがありました。すると、
「気楽な話題って? たとえば?」
と、あくまで理詰めに追求してきます。
「そうだね、たとえば、お天気の話とかさ」
「お天気?」
納得がいかない表情の彼女に、思い切って忠告したものです。
「きみは人のマイナス点だけをまっさきにチェックするくせがあるんだ。でも、世の中ってのは、そんなに完全なものじゃないだろ。朝、顔を合わせたら、なにかいいところを先にみつけて、そのことを言ってほしいんだよね」
「たとえば?」
「ゆうべは随分頑張って仕事したみたいね、でも、ちょっと疲れた感じもまた悪くないかな、とか」
「帰りに銀座のバーにでも行ってきたら」
と、鼻で笑われたものでした。
五木寛之(いつき・ひろゆき)
《今月の近況》ひさしぶりで歌を一曲書きました。『口笛を吹きながら夜を往け』というタイトルの詞で「クレイジーケンバンド」の横山 剣さんが歌っています。文章を書くのとちがって、歌を書くのは楽しい。今年は新しい本も何冊か出ます。どうぞ皆さんも、良いお年を!