空を見上げて365 私たちの身近にある空には未知の魅力や不思議が詰まっています。誰かに話してみたくなるような空の世界を、雲研究者の荒木健太郎さんが案内します。一緒に今日の空を見上げてみませんか。
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春雲(はるぐも・しゅんうん)
春の空に浮かぶ雲を指す言葉に「春雲(はるぐも・しゅんうん)」があります。春の季語でもある春雲にはさまざまな種類がありますが、日本を代表する文豪たちの中には「
積雲」に春の気配を見出していた人がいます。
俳人で新聞記者でもあった正岡子規(1867~1902年)は、随筆「雲」(1898年)の中で
「春雲は綿の如く、夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く、冬雲は鉛の如く」
と、四季それぞれに特徴的な雲の姿を記述しています。ここで「綿の如く」と表現されている春雲は、積雲を指しています。積雲は「綿雲」という別名があり、綿のような見た目の雲が空に浮かぶのを見て、春らしさを感じていたのです。
また、詩人・小説家の島崎藤村(1872~1943年)は、長野県北佐久郡小諸町(現・小諸市)に赴任していた時代に書いた「千曲川のスケッチ」(1912年)の中で、次のように春の雲を描写しています。
「ポッと雲の形があらわれたかと思うと、それが次第に大きく、長く、明らかに見えて南へ動くにしたがって消えて行く。するとまた、第二の雲の形が同一の位置にあらわれる。そして同じように展開する。」
これもまた、積雲を観察したものと思われます。
小諸市は浅間山の南麓の佐久盆地に位置し、市の南部を千曲川が東西に流れる高原都市です。藤村が千曲川のほとりで雲を観察したと考えると、川の南側に沿う小高い丘で発生した積雲が発達し、やがて上空の北風に流されて消えて行く様子がうかがえます。
そもそも積雲は、晴天下の熱対流による上昇気流で発生します。熱対流による上昇気流の位置が大きく変わらなければ、同じような場所で積雲が生まれるのです。熱対流の上昇気流でできた積雲が南に流されて消え、また次の積雲が元と同じような場所に現れるという物理現象を、藤村はよく観察していたことがわかります。
雲の形や現れる高さ、動きなど、さまざまな雲の表情に、文豪たちは春を感じていたのです。みなさんが春らしさを感じるのは、どんな雲でしょうか?
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写真/佐々木恭子
監修/荒木 健太郎 Kentaro Araki雲研究者・気象庁気象研究所主任研究官・学術博士。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、災害をもたらす雲の仕組みを研究している。映画『天気の子』気象監修。『情熱大陸』『ドラえもん』『マツコの知らない世界』など出演多数。著書に『すごすぎる天気の図鑑』シリーズなど。
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YouTube文/佐々木 恭子 Kyoko Sasaki気象予報士・防災士。合同会社てんコロ.代表。民間気象会社で予報業務を担当、気象予報士受験生向けのスクール主宰。著書に『眠れなくなるほど面白い 図解 天気の話』(日本文芸社)など。
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YouTube●参考文献/『風と雲のことば辞典』倉嶋厚監修(講談社)、『雲の超図鑑』荒木健太郎著(KADOKAWA)、『倉嶋厚の人生気象学』倉嶋厚著(東京堂出版)、『千曲川のスケッチ』島崎藤村著(新潮社)