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名字「秋鹿」は何と読む?足利氏や今川氏に仕えた一族のルーツ

2026.04.15

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墨アート製作/越智まみ

名字の世界 姓氏研究家の森岡 浩さんが日本人の名字を紹介します。あなたの意外なルーツが分かるかも?知れば知るほど面白い、名字の世界をお届けします。連載一覧はこちら>>

難読名字:秋鹿(あいか)

島根県と静岡県に「秋鹿」という名字があります。両県でもそれほど多いというわけでもありません。読み方は「あいか」と「あきしか」の2つに分かれます。

ルーツは出雲国秋鹿郡秋鹿(現在の島根県松江市)という地名で、ここには地頭をつとめた橘氏の一族と伝える秋鹿氏がいました。この地名は「あいか」と読むため、この地の秋鹿氏は「あいか」と読みます。「秋鹿」は本来は「あいか」だったのです。

南北朝時代、この一族の秋鹿朝治という人物が足利尊氏に仕えて鎌倉に下向途中、遠江国府(現在の静岡県磐田市)で留まり、そのまま土着して今川氏に仕え遠江秋鹿氏となりました。


朝治は羽鳥荘貴平郷(きへい、現在の静岡県浜松市)と中泉郷(現在の磐田市)の地頭となり、中泉の府八幡宮の神主もつとめます。

以後は代々今川氏に属し、今川氏輝に仕えた秋鹿左京亮、今川義元に仕えた秋鹿弥太郎朝延などの名が知られています。

今川氏が滅ぶと、子孫の直朝は徳川家康に仕えました。その子朝正は2代将軍秀忠の小姓となって大坂の陣にも参加、本拠地の遠江で7万2000石を支配する代官となりました。のちに子孫は代官職を離れて、代々府八幡宮の神主専任となっています。

屋敷跡は現在は磐田市が所有して中泉歴史公園となっており、その池泉回遊式庭園は料亭「開莚楼」の庭園となっていました。

現在は、ルーツである山陰地区では「あいか」と読む一方、静岡県では「あいか」と「あきしか」に分かれています。それ以外の地域では「あきしか」と読みますが、全国を合計すると「あいか」の方が多くなっています。
森岡浩/Hiroshi Morioka
姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。

墨アート製作 書家・越智まみ(https://esprit-de-mami.com/
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