仕る手に笛もなし古雛
松本たかし
選・文=夏井いつき(俳人・エッセイスト)私の生まれた村には座敷雛の風習があった。座敷雛とは、その家の長女の初節句を祝う行事。初孫だった私のために、祖父が作り上げた座敷雛は、石や苔や盆栽を使って野や川を模り、そこに点々と内裏雛などを飾り付ける大掛かりなものだった。父が撮った一枚の写真と、祖母や母の思い出話によって、覚えているはずのないその記憶は私の中に刻まれてきた。年を経る度に雛の調度などは少しずつ失せていくのに、座敷雛の記憶が色褪せることはない。
●松本たかし 俳人(1906~56)。高浜虚子に師事。
参考文献『松本たかし句集』(角川書店/1956年)
俳句の表記は『松本たかし句集』を準拠とした。
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