連載「絹糸に託すいのちの輝き」
3月「夢」
日本刺繡・文=草乃しずか(日本刺繡作家)1枚のモノクロ写真に、卒業証書を持つ15歳の私の姿があります。いつもひとりで詩を読み、夢を描いている私の青春でした。
40歳を過ぎた春の夜、夢を見ました。夜の広い野原に白く浮かぶ1本の桜の木が、私を呼んでいるのです。その朝、父が亡くなったと知らされ、私の悲しみは例えようがありません。桜の刺繡に夢中になったのは、父との別れがきっかけでした。ひとひらずつ刺繡の花が私の手の中で生まれていくと、悲しみが父への感謝となっていくのです。
年を重ねて、いろいろな現実の中で心が折れることがありますが、私にはもうひとつの世界、「夢」があります。布に夢を広げ、想像の世界を作品にすることで、現実を乗り越えることができました。これからも夢の中で生きていきたい。そして、父との別れに見た夢の桜のように、孤独の中でも優しさ溢れる心でありたい、と願うのです。

八重桜の一枚一枚の花びらを刺し縫いして、立体感を出します。すべてより糸で、太い糸から細い糸まで10段階により分け、また、濃淡で色を変えながら刺し込んでいきます。それはまるで人生の年輪のよう。希望と勇気の蕾は、ピンクの色彩で添えました。
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