〔特集〕浮世絵師たちの風雅な「花鳥版画」の世界 ロックフェラー・コレクション 花や鳥、虫などを掛軸や屛風などにいきいきと描く花鳥画は、古来、日本画の人気ジャンルでした。それを葛飾北斎や歌川広重など人気の浮世絵師たちが浮世絵として描いたのが「花鳥版画」です。王道ジャンルである役者絵や美人画、風景画ではなく、花鳥画に魅せられ熱心に収集したのが、20世紀最大の富豪ロックフェラー家当主の妻にして、ニューヨーク社交界の花形だったアビー・オルドリッチ・ロックフェラー。彼女が心血を注いで集めた700点あまりの作品は、米国のロードアイランド・スクール・オブ・デザイン美術館(通称RISD美術館)に寄贈されています。2026年、コレクションより厳選された163点が来日、全国を巡回します。
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「花鳥版画」に魅せられたアビー・ロックフェラー

アビー・オルドリッチ・ロックフェラー 1900年、Courtesy ofthe Library ofCongress,LC-B2-6330-13
アビー・オルドリッチ・ロックフェラー(1874-1948年)ネルソン・オルドリッチ上院議員の四女として生まれたアビゲイル・グリーン・オルドリッチは、1901年にジョン・デイヴィソン・ロックフェラー・ジュニアと結婚した。社交界の名士、慈善家、芸術のパトロンとして知られるアビーの活動で最も有名なのは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)への貢献。彼女は共同設立者であり、コレクションの構築とその発展に尽力している。アビーが日本の版画の収集を始めたのは1916年のことだった。「花鳥版画」に心を奪われたアビーは、葛飾北斎、歌川広重を中心に700点あまりの作品を集めた。
米国のロードアイランド・スクール・オブ・デザイン美術館(通称RISD(リズディ)美術館)には、日本美術の作品が約4000点所蔵されています。そのうちの700点あまりが、アビー・ロックフェラーによって寄贈された「花鳥版画」です。ニューヨーク近代美術館の設立、発展に大きく寄与した彼女が、わかりやすい大首絵といった浮世絵の王道ジャンルではなく、なぜ「花鳥版画」の収集に情熱を注いだのかは明らかになっていません。けれども、メイン州にあった別荘の書斎を喜多川歌麿の浮世絵で飾るなど、自然とともにある日本の美意識や文化に対する愛は明らかに深いものがありました。
1921年、アビーは夫のジョン・ロックフェラー・ジュニアと共に東アジア諸国を歴訪し、日本も訪れています。彼女が日本の版画を集め始めてから5年後のことでした。皇居で大正天皇による歓迎会が催されるなど温かいもてなしを受け、ロックフェラー家と日本の特別な関係がここに始まります。1923年に関東大震災が起きた折には、全壊した東京帝国大学図書館の復興支援に多大な寄付をしています。
アビーの日本訪問はこの1回のみでしたが、浮世絵の収集を通して抱いていた大海の向こうにある日本への親しみと愛着はより一層深まることになりました。彼女は1920年代後半まで、葛飾北斎や歌川広重を中心に浮世絵師たちの作品の収集を精力的に進めていきます。そして、1934年にそのコレクションのすべてをRISD美術館に寄贈しています。
「鷽(うそ) 垂桜(しだれざくら)」葛飾北斎 中判錦絵 天保5(1834)年頃
──鳥ひとつ 濡れて出けり 朝さくら 雪万──
画面左上から右下へ弧を描きながら垂れる桜の枝に1 羽の鷽が頭を下にして止まっている。濃い藍色の背景に可憐な桜の花や鷽の喉もとの赤色が映えている。
Bullfinch and Weeping Cherry Katsushika Hokusai 24.5×17.6cm c.1834
一例として葛飾北斎の作品(上参照)を見てみましょう。多色摺や藍一色による北斎の「花鳥版画」は写実性と装飾性を高度に織り合わせています。
浮世絵のメインストリームではなかった「花鳥版画」が、主要ジャンルの一つへと確立していく過程を見るかのようです。北斎の独自性はアビーを驚かせ、強く魅了したに違いありません。
喜多川歌麿 Kitagawa Utamaro(生年不詳 - 1806年)

「若松に鶴」喜多川歌麿 大判錦絵 寛政(1789-1801)後期
小松と共に雌雄の鶴と3羽の雛が描かれている。長寿の象徴である鶴は、生涯相手を変えないことから夫婦円満、また子と共に子孫繁栄を願う吉祥の図として描かれる。制作時期、そして版元印や改印がないところからすると、正月の配り物としてプライベートで作られた「摺物」かもしれない。
Cranes and Young Pine Kitagawa Utamaro 39.0×26.2cm Late Kansei era(1789-1801)
渓斎英泉 Keisai Eisen(1791 - 1848年)

「一富士二鷹三茄子」渓斎英泉 大判藍摺絵 天保(1830-1844)中期頃
初夢に見ると縁起のよいものとして、江戸時代に流布したのが「一富士二鷹三茄子」の語句で、浮世絵でもしばしば主題となっている。堂々とした様子で岩上に佇む鷹を中心に、背景に富士、傍らに茄子が描かれている。くちばしや足には黄色が摺られているが、基本的には藍摺絵の一種といえる。
Mount Fuji,Falcon and Eggplants Keisai Eisen 37.5×25.6cm Mid Tenpō era(1830-1844)
葛飾北斎 Katsushika Hokusai(1760 - 1849年)

「桜に鷹」葛飾北斎 長大判錦絵 天保4-5(1833-1834)年頃
満開の桜を背景に、架に止まった鷹が描かれている。背をこちらに向けながら、首をひねって天を見上げる鷹の姿は、『冨嶽百景』初編の袋に描かれた鷹図と近似する。本図は、森屋治兵衛から刊行された長大判花鳥画五図のうちの一つ。このシリーズは、吉祥性の強い画題と掛物の代用となる長大判という判型から、正月に飾る「めでた掛け」として制作されたとする指摘がある。本図は主版の版木が現存する点でも貴重な作例である。
Hawk and Cherry Blossoms Katsushika Hokusai 49.7×22.7cm c.1833-1834

「牡丹に蝶」葛飾北斎 大判錦絵 天保2-3(1831-1832)年頃
西村屋与八から刊行された横大判花鳥画十図の揃物のうちの一つ。大輪の牡丹の花とそこに遊ぶ1匹の蝶が緻密に描写されている。花弁や葉の描写は執拗に思えるほど細かいが、羽を丸めた蝶は画面全体の印象をあくまでも軽やかなものにしている。
Butterfly and Peonies Katsushika Hokusai 25.9×38.3cm c.1831-1832

「露草に鶏」葛飾北斎 団扇絵判錦絵 天保3(1832)年頃
明るい藍色の背景に、深い藍色の花をつけた露草を配置する。そのさらに手前には、雌雄の鶏がこちらに目を向けたまま身を寄せ合っている。雌鶏の体の上に1羽、体の下に2羽のひよこが描かれている。雄鶏の尾は雌鶏と雛を覆うように弧を描いている。背景の藍色と、とさかの赤の対比が鮮やかなだけでなく、雄鶏の体色に墨の上から青色を摺るなど、配色のこだわりが見て取れる。
Cockerels, Chicks, and Spiderworts Katsushika Hokusai 21.9×28.8cm c.1832
開館30周年記念 ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン所蔵
ロックフェラー・コレクション花鳥版画展
北斎、広重を中心に

アビー・オルドリッチ・ロックフェラー(1874-1948)によって収集され、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン美術館(通称RISD美術館)に寄贈された700点あまりの花鳥版画コレクションから163点が来日します。浮世絵師たちによる花鳥版画を一堂に鑑賞することができる貴重な機会です。
千葉市美術館~2026年3月1日
住所:千葉市中央区中央3-10-8
電話:043(221)2311
https://www.ccma-net.jp ※以後、次の3館を巡回。
山口県立萩美術館・浦上記念館/2026年4月18日~5月31日
三重県立美術館/2026年6月13日~7月26日
北斎館/2026年8月8日~10月12日
ロックフェラー・コレクション
アビー・ロックフェラーが愛した北斎と広重 「花鳥版画」の世界

上で紹介した展覧会に出品される人気の浮世絵師たちが手がけた花鳥版画を全点収録。アビー・オルドリッチ・ロックフェラーの人となりがわかるプロローグに始まり、「花鳥版画を手がけた浮世絵師たち」「広重花鳥版画の華―大短冊判花鳥版画を中心に」「北斎と北斎派の花鳥版画」「季節の風情『団扇絵』の名品」「詩歌と絵を楽しむ 広重の短冊判花鳥画」「小さく愛しき花と鳥」6つの章で徹底詳解。専門家だから書ける詳細な作品解説、コラムなどを楽しむことができます。
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詳細はこちら>>>ISBN978-4-418-26200-7
定価3,000円(税込)
(次回へ続く。
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