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青岸渡寺の茶会 後鳥羽院と聖地・熊野に思いを馳せて

2026.02.13

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〔特集〕世界遺産「那智滝」を望む茶会 後鳥羽院熊野詣に思いを馳せて 紀伊半島の大自然に育まれた熊野信仰の聖地を舞台に、東京大学が新宮市と連携し、熊野三社、青岸渡寺等の協力を得て立ち上げた「東大人文・熊野プロジェクト」。その活動の一環として、このたび青岸渡寺の茶室「瀧寿庵」に関係者が集い、いにしえに思いを馳せる一会を催しました。

潮田洋一郎さん(数寄者)
髙木亮英さん(青岸渡寺住職)
松﨑照明さん(建築史家)
太田 泉フロランスさん(美術史家)

代点 木下華子さん(中世日本文学研究者)

特集「世界遺産『那智滝』を望む茶会 後鳥羽院熊野詣に思いを馳せて」の記事一覧はこちら>>>

後鳥羽院と聖地・熊野

那智の大滝を背に美しい佇まいを見せる青岸渡寺の三重塔。平安時代末期に建立された歴史ある宝塔である(現在の建物は再建)。

那智の大滝を背に美しい佇まいを見せる青岸渡寺の三重塔。平安時代末期に建立された歴史ある宝塔である(現在の建物は再建)。

後鳥羽院(1180〜1239年)は鎌倉時代の天皇(上皇)で、文芸を好み、藤原定家らに命じて『新古今和歌集』を勅撰するなど、後世に和歌をはじめとする公家文化を伝え残しました。

たびたび熊野の地へと行幸し、途次に側近たちと和歌会を催しています。その折の和歌を記した懐紙が「熊野懐紙」で、天皇をはじめ鎌倉時代初期の公家や歌人の仮名筆蹟が伝わる貴重なものです。

熊野詣は熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野三山を巡る旅で、平安時代の宇多法皇の参詣に始まり、室町時代まで盛んに行われました。鎌倉時代以降には、武士や庶民も熊野詣を行うようになります。

熊野へ至るいくつかの道は熊野古道と総称され、ユネスコの世界遺産にも登録されています。茶会の舞台となった青岸渡寺は熊野那智大社に隣接する古刹で、西国三十三所の観音霊場の第一番札所でもあります。

2020年度、和歌山県新宮市と東京大学大学院人文社会系研究科・文学部は地域連携協定を締結し、「東大人文・熊野プロジェクト」を開始。熊野という歴史・文化の宝庫を舞台に、学際的な教育研究を展開し、地域の文化振興に貢献することを目的にしています。

東大人文・熊野プロジェクトは、新宮市前市長の田岡実千年氏をはじめ、各方面からの尽力により推進されている。右はプロジェクトリーダーを務める東京大学副学長・人文社会系研究科教授の秋山 聰さん。左はプロジェクトの協力者、宗教民俗学の専門家で熊野の歴史や文化について生き字引と称される山本殖生さん。

東大人文・熊野プロジェクトは、新宮市前市長の田岡実千年氏をはじめ、各方面からの尽力により推進されている。右はプロジェクトリーダーを務める東京大学副学長・人文社会系研究科教授の秋山 聰さん。左はプロジェクトの協力者、宗教民俗学の専門家で熊野の歴史や文化について生き字引と称される山本殖生さん。

このたびの茶会は、プロジェクトにかかわる人たちが茶の湯を通して、いにしえの人々や文化について現代に伝えていく試みです。

那智山青岸渡寺の茶室情報

「瀧寿庵」は、1978年に那智山青岸渡寺境内に建立された茶室。願主は先々代住職で那智山青岸渡寺中興第7世の髙木亮孝師。数寄屋建築の泰斗である中村昌生氏の設計で、建築は中村外二氏、造園は川崎幸次郎氏による。三畳台目の茶室、八畳の広間、畳敷の点前座を持つ立礼席が雁行するように並ぶ。庭からは三重塔と那智の大滝、また遠く太平洋を望むことができる。非公開で長らく使用されずにいたため、今回の茶会は席披きともいえる一会となった。

那智山青岸渡寺

住所:和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8
電話:0735(55)0001 
※瀧寿庵は一般非公開ですが、青岸渡寺では茶室の特別公開、体験等を検討しています。詳細については公式SNSなどでご案内の予定です。

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この記事の掲載号

『家庭画報』2026年02月号

家庭画報 2026年02月号

撮影/本誌・坂本正行 取材・文/福井洋子 着付け/吉田アヤ ヘア&メイク/鈴木富美子〈アンベリール〉 撮影協力/那智山青岸渡寺 編集協力/東大人文・熊野プロジェクト

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