〔特集〕世界遺産「那智滝」を望む茶会 後鳥羽院熊野詣に思いを馳せて 紀伊半島の大自然に育まれた熊野信仰の聖地を舞台に、東京大学が新宮市と連携し、熊野三社、青岸渡寺等の協力を得て立ち上げた「東大人文・熊野プロジェクト」。その活動の一環として、このたび青岸渡寺の茶室「瀧寿庵」に関係者が集い、いにしえに思いを馳せる一会を催しました。
潮田洋一郎さん(数寄者)
髙木亮英さん(青岸渡寺住職)
松﨑照明さん(建築史家)
太田 泉フロランスさん(美術史家)
代点 木下華子さん(中世日本文学研究者)
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薄茶席
床 伝 藤原定家筆 大嘗会御屛風和歌
香合 交趾鴨
花入 信楽旅枕
大嘗会に詠まれた和歌が記される「大嘗会御屛風和歌」には、「朝原立春」「生野有摘若菜之人」「紅村梅花咸開」「櫻山」「桃津邊有三月三日曲水之遊」など春にまつわる歌題が並ぶ。
席を広間に改め、薄茶が振る舞われました。床の間には茶会を寿ぐように「大嘗会御屛風和歌」が掛かります。大嘗会とは天皇が即位する年に行われる新嘗祭のこと。琵琶床には色鮮やかな交趾鴨香合が飾られていて、熊野懐紙の「山河水鳥」へと想いを繫げます。
床の間の藤原定家の書は天皇の即位を寿ぐ屛風和歌
木下 歌題の一つ「紅(くれない)(の)村」は大嘗会和歌に詠まれる特別な地名で、白河院の熊野参詣に関連する伝承を有します。今日の茶会とのご縁を感じます。
潮田 「紅の村」という語がとてもよい。
太田 香りが漂ってくるようです。
髙木 小間に繫がる早春の風景ですね。
木下 村一面に咲く紅梅の柔らかく緩む感じ。小間の和歌は白梅で、馥郁としつつ凜とした香りが庵の中に漂う感じ。
信楽旅枕に入る花は、檀香梅と西王母椿。

砂張盆に盛られた干菓子「紅梅白梅」は新宮市の菓子舗「福田屋」製。
潮田 どの歌も絵を思い浮かべることができます。
松﨑 ところで今回の茶会で気づいたのですが……。この八畳間はおそらく表千家如心斎の「花月の間」を手本にしているのですが、炉の位置だけが違う。もう一つ立礼席も含め三席とも点前座が滝のほうを向いている。客に茶を差し上げながら、実はご神体である滝にもお茶を差し上げていることになるのです。
髙木 そのような意図がありましたか。
潮田 面白い。すべて滝を一番の軸にしている茶室だというのですね。
松﨑 おそらくそうだと思うのです。
木下 事前に松﨑先生からお聞きして、その気持ちでお点前をさせていただきました。貴重な経験に感謝です。
──話は尽きず、主客仙遊の境地は続く。
会記
熊野茶会
<濃茶席>床 重要文化財 源通親筆 熊野懐紙 益田鈍翁箱 若州酒井家伝来
花入 布薩水瓶 益田家伝来
敷板 根来
炉縁 沢栗
釡 与次郎霰
水指 南蛮糸目耳付 平瀬家伝来
茶入 仁清肩衝 袋 蔓草紋更紗
茶碗 光悦赤筒 銘 埋火 啐啄斎・了々斎箱
出帛紗 印金更紗
茶杓 宗旦 銘 サビ者 啐啄斎・了々斎箱 紀州徳川家伝来
蓋置 青竹
建水 木地曲
御茶 仙家の昔 三丘園詰
菓子 天の川 松葉屋製
器 縁高
<薄茶席>床 伝 藤原定家筆 大嘗会御屛風和歌 田安徳川家伝来
香合 交趾鴨 本願寺伝来
花入 信楽旅枕
茶器 嵯峨棗
茶碗 斗々屋
茶杓 川上不白
御茶 松の嶺 三丘園詰
干菓子 紅梅白梅 福田屋製
器 砂張
太田 泉フロランスさん(おおた・いずみ・ふろらんす)沖縄県立芸術大学、芸術学専攻講師。専門は中世ヨーロッパ美術史。特に金細工工芸や、巡礼と美術の相関等に関心があり、サンティアゴ巡礼、熊野巡礼経験者。2024年度まで東大人文・熊野プロジェクト担当助教。
木下華子さん(きのした・はなこ)東京大学大学院人文社会系研究科・文学部准教授。博士(文学)。専門は中世日本文学。『方丈記』に代表される鴨長明の文学や中世和歌を中心に研究。東大人文・熊野プロジェクトでは新宮や那智について講演。
松﨑照明さん(まつざき・てるあき)日本建築史意匠学(博士)。特に山岳信仰建築と茶室を中心に研究を進める。その関連で、羽黒、大峰修験などの峰入修行を行い、茶室調査、茶会へも参じる。東大人文・熊野プロジェクトには準備段階から協力。
髙木亮英さん(たかぎ・りょうえい)那智山生まれ。那智山青岸渡寺住職、大僧正。熊野修験正大先達。熊野大峰奥駈修行、葛城二十八宿行、那智四十八滝行、諸国霊山登拝、世界仏教聖地巡礼。2023年那智山行者堂再興。熊野修験を150年ぶりに復興。
潮田洋一郎さん(うしおだ・よういちろう)1953年東京生まれ。数寄者。東京大学、シカゴ大学卒業。LIXILグループ元CEO、元取締役会議長。大師会、光悦会評議員。著書に『数寄の真髄』ほか。今回の青岸渡寺「瀧寿庵」での茶会では席主を務める。
(次回へ続く。
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